ラベル 画像なし の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
ラベル 画像なし の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示

なんか、こう、くだらない話がしたい。-Laughing joke to say.-

いやあ、久しぶりに餃子を一から手作りしました。皮も小麦粉にお湯を注いで練ってこねて
伸ばして棒状にして90度づつ回しながら包丁で皮一枚分を切っていく。
それを効率悪いけど一枚一枚手で伸ばす。

風邪っぽくて寝てたから作業に取りかかる時間が遅すぎたな。


挽肉はミンチ肉じゃなくて豚バラかたまりをフードプロセッサにかける。
あんの味付けがしっかりできんくってやや失敗だな。
ニンニク入れ忘れるとかどんなけだよ。



やっぱ、慌てたり、焦ったりはいかんね、ミスの元だわ。


普通が一番だわ。

無理もしてはいけないし、だれててもいけない。真ん中の気持ち。

希望だけでは舞い上がるし、絶望だけでは息苦しい。

その、普通という、調和の取れた、中庸な状態ってのも日に日に変化するし、常に同じではない。

たとえ、明日何が起ころうとも、その起こった事の中での普通の範囲で普通にしてればいい。

鯨が出るぐらい重いつぶやき。-Whale might come out in heavy tweet.-

つぶやき連投中にサーバーがダウンとか、ある意味おいしいよね。

いや、鯨すら出ないというのも一体どうなってるんだろう。

まあ、ここで、つぶやき代わりに徒然とまいります。ごめんなさい。

とあるバンドの唄が今春上映のとある有名なアニメの劇場版の主題歌となっている
そうで、予告のテレビCMでもその歌が流れるとちょっと観てみたい…とも
思いますが、ハードル高いですよね。

映画ですら殆ど観に行かない。当方、それなりの年齢でいて、人並み以上の
羞恥心を持ち合わせているので、アニメ映画を、しかも一人でとは、レベル
が高すぎます。どんな罰ゲームでしょうか、なんてSランクのミッションなんでしょうか。

別段、サブカルチャーを蔑視してませんけど、熱心に信仰もしていないので、
いわゆる一般の人の視線は気になります。

まあ、こだわりとか、フリークさってのは持っていても全然問題無いと思いますが、
そいうカルトなマニアなものって、取り立てて前面に出さなくても良いじゃないですか。

いや、むしろ、そういう趣味ってのは影の如く、日陰の如く、極力、パンピーな一般ぴいぷる
の目に触れるべきでないとも考えるのですが、まあ、ネットの全盛の21世紀においては
化石的な思考なのかもしれません。

でもですよ、ネット全盛といえど、今の日本の多数を占める団塊辺周辺の世代というのは
ネットの影響力はかなり少ないですよね。

先日、某市で行われた市長選挙において大差で当選した現職候補は、Twitterはおろか、
メールすらできないので、すべて秘書まかせというのを小耳に挟みました。

そのような情報に疎い方が昨今の情報化社会などと言われる時代の地方行政のトップ
でいるのはちょっとした驚きではあります。

デスクワークの典型みたいなお役所で情報処理に疎いって…


雑感ではありますが、世界では市民の暴動などにおいてネットの力が大きな影響を
もたらして、社会構造が変わってきた。などとは言いますが、日本では、ネットから社会を
一変させるような運動というのは出てこないのではと思っています。

いろいろと問題を抱えては居ますが、いまだにテレビ、新聞の影響力は絶大ではないですかね。

テレビに出ている、メディア露出の多い有名人が勝ってる選挙が多い気がします。


まあ、だから、一般大衆の化身であるマスメディアが、いわゆる、少数派というか

イマイチ理解しにくい趣味の人種の尖ってる部分をおもしろおかしく取り上げて

それが事件に関わってれば、こぞって糾弾すべきとか、規制をしろだとか、検閲しなきゃだわ
とか世の中がヒステリックになりかねませんねえ。

人が外で暴れない暴動の方が数段怖いですよ。危ないですよ。


世の中、怖いもので、その筋の専門家、頭の良い人の導き出す結論、意見、珠のような
妙案よりも、大多数の何も知らない、門外漢な人間の、ただのヒステリックな、安易な
その場しのぎの意見の方を選びます。

いわゆる民主主義ですよ。

自分が見えていない事すら気がつかない人たちの多数決で物事を決めるのですから、
そのよく分からない意見を尊重するのですから、問題が出ない方がおかしい。

そんなシステムが完璧な訳なんかないですよね。

そんな構造の文句を言ったって何にもなりません。


おっと、話がそれてしまいやした。

まあ、世間様というか、そういう、強大な存在にケンカを売るのはビビリな私には出来かねます
ので、なるべく穏便に、目に付かないようには気をつけたいなどとも思うのですが、職業柄
目立たなすぎると死に兼ねないので、そこいらの塩梅はむつかしいものであると思われます
けどね。

って、いい加減に政策がらみの、いえいえ、施策、もとい、制作のことを書かないとですねえ。

すいません、ぶっちゃけ、スランプです。まあ、でも、いい加減にGEISAI#15までのスケジュール
がケツカッチンなので、なんとか抜け出せると信じていますけど。


やりたいことと、出来ることが一致しなくたって、世界は面白い。Life is funny, but his ideals and reality are different.



自分がこうやりたいのに、才能、身体能力が足りなくて、全く自己の想像を大幅に下回る。

なんてことは人生ではよくあること。問題はそこでスッパリ、サックリ、カッキリと諦めて、コロッと
忘れて違う事をするのか、

馬鹿みたいに、出来もしないことをひたすら失敗しまくって、アホのようにもがき苦しむのかは、
当人次第というか、生き様だよなあ。

偏屈な執着は不幸というか、いらん苦労を重ねるだけの詮無いことなのかもしれないけど、

そういう、物分かりの悪さってのは、クリエーターにゃ必要な事なんじゃないかなあ。

全てを悟りきっているかのように、聖人君子であるかのように、振る舞うことなんて出来ないから。

醜い欲に塗れようとも可能な限り、可能性を追っていたい。何時までやれるか分からないけど。

自分がどんだけ情け無くても、不器用だとしても。

やりたいことと、出来ることが一致しなくたって、世界は面白い。



さて、いわゆる歯医者の弁、もとい、敗者の弁は置いといて。


宗教において、祈る対象となるものを具現化するというのはよくある。

無論それは、芸術、アートであるよね。ジャンルとしても。


逆に、祈ってる人、願う側を具現化する事はそれ程多くないのではないかな。

特に立体化はあまりされないんじゃないかなあ。

まあ、こじつけかもしんないですが。


何だろう、「お願いシリーズ」とでも呼ぼうか。そんな新たな展開が出てきたりしてます。

今までやった「むし」、「縁起モン」などのキャラクターを元に、祈るというよりも、お願いしてる
ポーズな小さいパルプ製フィギアを可能な限りたくさん。とりあえず、長靴いっぱいぐらいは
作りたいと思ってます。

一種の媚態なのかな。てことはさ、祈るということは神仏に媚びるという事になる…のかなあ。

まあ、何かを人にお願いする時は、多かれ少なかれ、媚びる、愛想を振りまくものだよね。



あと、「むし」シリーズは虫をキャラ化して、もっと虫に関心を持って欲しいなあという思いで
作り出したシリーズなのですが、絵を描いて、立体にするだけではそれは不完全ではないかと。

キャラクターには設定が必要でそす。って、なんだよ「でそす」って。「です」だよ。

で、設定をいろいろ妄想中なんですが、とりあえずキャラ同士の相関図というか関係性を
ショウリョウバッタの「しょうた」を起点に考えてみて、ふと気がつくと、

へたれ男子を取り囲むハーレム状態というとても残念な事に…。オイオイ、深夜アニメか、ギャルゲ
かよ…。

まあ、そのまま採用するかは別として、キャラの性格付けがしっかりとしてきたかもなあ。
で、その設定をどう活かすのかも問題だけど。

つか、どうしても、性根が捻れてる厨二病なので、なんかグロくなりがちだな。
しょうたの後ろ脚のない理由とか。


さて、夜も白んできそうな時間帯にさしかかりましたので、今宵はここいら辺しておきます。


ギョウム連絡:会場コンセプト概要

ええと、展示の計画を考える上でマップを描こうといろいろ考えてみましたが、
どうにもねえ、どうにも空間的な絵を想像して描く能力がなくて表現できず、
頭の中にはイメージはあるけど、描写力が追いつかず、見るに耐えない。
 でも、文章では語彙力がイマイチ足りない。

とまあ、どうにも指定されたフォーマットに落とし込もうとすると、
そのルールに引っ張られてどうにも二進も三進も、遅々として進まず。

とりあえず今あるイメージをここで出して行こうと思う。

ご存知の通りデザインギャラリーは吹き抜け部分の脇の通路部分が入り口となります。
2階のアトリウムから4階のこの通路部分はよく見えます。割合この部分というのは
外、と言っても屋内ですが、商業施設等とつながった空間です。

つまりは、日常空間に近い訳です。ですから、あえて単色、主に白一色の淡い色の
大きめの、自然物を意識した丸みのある作品を中心に配置して、ちょっと非日常感
を出して「かみのもり」を作ろうかと。 静かな森のイメージ。
単色無彩色のむしシリーズもここかな。


奥の典型的なギャラリースペースは、「かみのやしろ」
アーカイブ的なもので、立体作品、平面、写真、スケッチ、音声、映像、ライブ
など雑多な情報がイロイロと詰めこまれたサーバみたいなイメージ。
できるだけカオスで豪奢な感じかなあ。祭り本会場的に。

最近の作品の傾向である、着彩、装飾系はこっちを中心に展示したい。
前回展示だと壁面がなんかさみしい感じがしたので今回は壁面も活用した
展示をしたいねえ。

なんだろうなあ、具体的にあるもののイメージだと、久能山の東照宮かなあ。
日光は行った事ないから分かんないけど。

じゃがポタ雑煮と考察(邪推)

 

朝、といっても、もう朝と昼の間ぐらいの時間か。
あいかわらず、体はだるい。喉が気持ち悪い。
まあ、といってもそれほど問題ない。

残り物のじゃがポタージュスープ、といってもポタージュ
の詳しい作り方は知らないので、バターを鍋に溶かして
小麦粉を入れ粘土状になじませて、ついでに薄くスライス
したジャガイモを入れて炒め、そこに牛乳を少しづつ
入れて溶かしたスープをそう呼んでいいかはまあ分からない。

それに、乾燥しすぎてカチカチになってしまったバゲットを
適当にスライスしてじゃがポタの中に投入して煮込んで
洋風粥みたいなものを作ってみる。

それと、ついでに、ごまさばの味噌煮も作っておく。夕食用に。
だしつゆを鍋に入れてそこにタマネギ、トマト、エノキダケを
入れて煮て、さばの切り身を入れ、刻みしょうが、酒、みりん
を入れて少し煮込む。そして赤味噌。軽く煮込んで、後は、
夕方また煮る事にしよう。

今日は隠し味に紫の「野菜生活」、ケチャップを入れておく。
まあ、だれも気がつかないだろうなあ。

ではじゃがポタージュ雑炊を食べよう。

これは粥というよりは雑煮といった方が近いかな。バゲットが
ふやけてもっちもち。グルテンの粘りがこれほどとは。味も上々。

「じゃがポタージュのバゲット雑煮」とでも呼ぼうか。

食べながらいろいろな事を考える。思い出す。

 

先日、テレビでまた「ナウシカ」が放映されていた。
何度も観てるんだけど、何度でも観てしまうねえ。

そいや、漫画版を2~3年前に買ってもっていたなあと。
で、放映終了後、一気に読み返してみた。

比べてみると映画と漫画では結構違いが多いけど、
映画版は一つの完結した映像作品として上手く
まとまってるなあ。内容を上手く2時間ほどに
収まるようにダウンサイズされてるし、映像表現的に
分かりやすい描写に変更されてる部分も見られる。

原作と監督が同一人物だから要約が上手くいってる。
にしても世界の巨匠と呼ばれるだけのことはある。

で、後日某放送協会の教育チャンネル観てたら森の
生態系、主に土の中の生き物に関しての理科系の
番組が放映されていたんだけど、まさしくナウシカの
世界だった。

木の葉を分解するダンゴムシ。その糞や、死骸を分解
する菌類。

菌糸に覆われたダンゴムシはまるで息絶えた王蟲に
見えた。だから、ナウシカの世界ってのは、菌類と虫の
大きさが人と逆転、もしくは菌類と虫が巨大化した世界
なんじゃないかなと思った。

しっかし、本当に宮崎駿の情熱と博学さはとてつもないなあと。

そう思うと自分の中途半端さ加減には滅入るばかりだねえ。

今の活動は決して一人でやってる事ではないのだけど、
何だろうなあこの孤独感。個性的な集まりだから基本、
チームプレイはしないんだけど、なんというか、真庭忍軍ばり
に団体行動できないなあ。基本、リーダー不在。しかし一応、名前
もあるグループである以上は集まり、集団として、機能する最低
限度があるわけで。結局の所、主導する人間がいなきゃ上手く回る
わけはないわなあ。無秩序の象徴とされるような某巨大掲示板サイト
であっても管理人というのはいるわけだからねえ。

だれもリーダーになりたがらない。そういうんだったら自分がやれよ
という事なんだけど、まあ、どうかなあ。自分。

個性的な人間の集まりということはさ、自ずとモチベーションの差と
いうのはあるし、学生時代はともかく、現在の各々の置かれてる環境は様々。

意志疎通もツーカーとはいってないでしょ。意識のズレ、思い違い、
勘違いも多い。そのギャップを埋めもしないければ、その集団の
集まる意味はなんだろうねえ。

街の人混みの中の独りぼっちと、無人の荒野に独りなら、
荒野に独りの方がまだマシな気がする。

変に他人に期待せずに、自力でどうすべきかを邪魔されずに考えられる
からねえ。

まあ、文句があるなら、自分で動けという事ではあるんだよねえ。

自分自身、積極的に動けない、動きたくないのは、まあ、自分の嫌な
部分に向き合わなきゃならないからだねえ。

平素、まなるべく目立たない様に、主体的なとこにいない理由は、
自分の意見、意志というものを示さないといけないから。まあ、
基本的に他人、いや、世界を信用してないというべきか。当たり障りの
無いように取り繕って、適当な距離間でいたいだけ。それより遠くても、
近くても気分が悪い。

変に物分かり良さそうにしているつもりでも、それはちがう、
「おとなしい」ってのは単に壁を作ってるだけ。

まあ、気がついてる人間は気がついてるとは思うけど、自分ってのは
どうしようもなくワガママでね、小さい頃は相当、親の手を焼いてたと
思う。まあ、いろいろあって、そういう面は必要以上に押さえ込んで、
一応は真面目にはしてる。でもそれは、とても疲れるんだよねえ。普段、
無理をしてる分、そのリバウンドは激しい訳で。

差し迫った状況になると、よくちゃぶ台返しをやる。

それまでの柔軟さが薄のように嘘のように一気に硬化する。

関係がこじれるとそのままサヨウナラ。

まあ、自分が動き出す段階は大概、オシマイな状況である場合が多い。

まあ、ただ、そんな気持ちの悪い関係を続けていくのも、時間の無駄な
気はする。

そんな訳で、オシマイをハジメようかねえ。

-などとか、うだウダと、雑煮をはふはふしつつ。
そして続ける。

 

そうか、カーリングはフィギュアまでのつなぎだったのかとか、

とりあえず目立った人間が三人いると三銃士と呼んだりもするけど、
三銃士というと三人じゃなくて四人じゃないかと。

ダルタニアンのいない三銃士なんて駄目だろう。
盛り上がりに欠けるじゃないかと。

あと銃士のくせになんでマスケット銃を持ってないんだよと。

刀を持たない剣士じゃあるまいし。まあ、中国には弓矢を使わない
弓の名手の伝説もあるというし。

まあ、銃を使わない銃士。それはそれで強そうだ。

 

あと、最近は巷で話題のツイッターでいろいろとつぶやいてはみた
けども、なんか、もうここいらがピークじゃないかなあ。

ミクシィみたく。

フォローが多くなりすぎると読むのに時間がかかる。字数が少ない分、
後々、ログを見ても分かりづらい。説明が足りない分、誤解を生じ
やすい。

削りこんで、めんどくささを減らした結果、コンビニ的に便利では
あるが、更新速度がさらに上がる。即興的な要素がどうしても強い。

行為が義務に感じた瞬間に一気に疲弊する。便利が普通になった瞬間に
メンドクサくなる。

いわゆる、「ミク疲れ」同様に「ツイ疲れ」も起こるのではないかと予想。

あと、ブログのネタつぶしになっちゃうんだよね。
「文章を書きたい」という欲求が中途半端にガス抜きされてしまって。

あと、変に一人じゃないという安心感もある意味良くないでしょう。
常に心に戦場を持っていたい人間からすると。

 

などと下らない事を考えながらじゃがポタ雑煮を平らげた。

さて、やるか。今日も。

ブログお悩み相談室

 

お悩み

アニメ、漫画、ライトノベルなどによくでてきますが、
獣の化身である記号として頭に猫又は犬の耳が生えている、
おっと、「猫又は、」と書くと「猫の妖怪は」と書いてるのか
「猫、または、」と書いてるのか分かりませんねえ。

もちろん後者です。

で、そういう獣の耳をしたキャラクターがいますけど、
あの耳って人間の耳に追加して更に獣の耳があるのではなく、
人の耳が変化してあの頭の位置にあるというタイプがだいたい
主流なようですが、ちょっとそれって気持ち悪いなあと。

耳は音を感じる器官ですね。耳というのは外側の耳殻部分
だけで構成されてるわけじゃなく。更に奥の中耳、内耳が
あってようやく耳は聞こえる訳です。

つまり、人の耳が獣耳のごとく、頭のテッペン付近にくる
ということは中耳、内耳のレイアウトも動くわけですよ。
頭蓋骨の中は一体どうなってるんだろう。

お話の設定によっては普通の耳になったり獣耳になったり随意に
状況によって変身する、いや変態か、そいうキャラクターもいます。

そうなるともうね、変化する度に頭蓋骨の中も蠢いているじゃ
ないかと、そんな乱暴に、短時間に変化したら脳味噌が危険
じゃないかと。下手したら記憶障害とか、身体機能にも影響
どころか、死ぬンジャネ?とか思うんですよ。

頭蓋内で血液が溜まるだけでも大事なのに。

もうだめです、そう考えてしまうと、自分の身長以上の長さの
マフラーとかの布を首に巻き付けて垂らしているキャラクターを
見ると、ちょっと派手なアクションをした拍子にマフラーを
どっかに引っかけて首が締まって死にそうで気になってしょうがない
のとか、

頭上にすぐに切れそうな糸でつながれた剣の真下の椅子に座らされ
ている人を見るのと同じ種類の不安を覚える。

気になって仕方がない。どうするべきだろう。

(30代 男性 )

--------------------------------------------------------------------

回答

空想科学読本ばりの揚げ足取りな邪推は物語りを楽しむ上で邪魔な、
無粋なだけです。

もっと違う部分に注目してなるべく考えないようにしましょう。

(30代 男性 )

ギリギリセーフ?

どもー。若干?、更新が遅れています。

 

えーとですね、

先日から、制作費と生活費、いわゆる略して、制活費を

稼ぎに行っております。来年の10月は近いようで遠い日

ですね。ともかく、そこまでは生きる予定でいますので、

また心機一転、死ねる覚悟をもって制作に向かいたい

ですね。

 

まあ、真面目くさい話はこれぐらいにしておいて、

 

先日、いわゆる痛車というものをはじめてみました。
いや、痛車というものを始めた訳ではなくて、
肉眼で視認したという意味です。ええ。

 

なんということでしょう、どこにでもありふれた、
ふつうの目立たない車両が、タクみのイラストによって、
何とも称しがたい痛々しい空気を醸し出しているでは
ありませんかーーー

 

まあ、なんといいますか、有る意味、これは、日本の美意識

のひとつとされる、傾き(かぶき)とも言えるのかも

しれないですねえ。

まあ、そこまで高尚なものかどうか判断は出来かねます。

ポ メラレ ポート

以前から、欲しい欲しいと、つねづね思って、
調べてみて値段が…。

それでも、気になって、とうとう、買ってしまいました。
巷で噂のメモしかできないというポメラ。

なんでしょう、持病のカメラ狂いが転移してポメラにも
狂ったという事でしょうか。

寒い冗談、クールジョークは放置の方向で。

まあ、色に関してはトワイライトオレンジで一択です。
理由なんて好きな色なだけですが。サンセットでなく、
トワイライトなオレンジというのが実に良い。

ポメラを使い初めてまだ、2日。結構な勢いでメモの
ファイルが増えてます。

ほんと、このお手軽に、テキストデータを作成できる
のは画期的ですねえ。

この、起動、終了のタイムラグが殆どないというのが
良いですね。液晶画面はもう一回り大きくても良いですが
白黒なのも、バックライトなしなのもぜんぜん問題ない。
バッテリーの持ち時間を優先させての事でしょが、
これは正解ですね。

まあ、たかがメモできるだけの機械に1万5千円以上出せる
かどうかは、その人の価値観によるところが大きいです。

高いとは思いますが、その分、機体の剛性はちゃんと
しっかりしてますね。金属製のフレームでちょっぴりズッシリ
とした感触。実物を触るまで、もっと、軽いイメージ
でしたが。

microSDカード対応ですがHDには対応してません。でも、
テキストデータのみで、2ギガ越えるなんてことなんて
ほぼ無いですので問題なし。

まだ、主に使ってるシュチュエーションは自分の部屋
だったりしますが、意外にそれだけでも、使い良いです。

テレビをながらで観ながらタイピングというような
ことが容易。一応、私、ネットブックも持ってますが、
あのサイズ、重量でも取り回しが難しいし、起動、終了
時間がどうしてもかかる。
それに、バッテリーの残量もだらだらと使ってると
心配だし。アダプターとか使うともう、それこそ使い
づらくなるし、どうしても、熱が出るから、触ってて
ちいと辛いですねえ。ポメラは今のところ、どんだけ
長時間使っていても熱を持つことはない様です。

片手で持ちながらもう片手でタイプということも、
ある程度、長時間でも可能ですね。

タイピングという行為をいつでもどこでも、ユビキタスに
できる究極形に近いマシンですねえ。

まあ、ただ、繰り返しますが、タイピング以外の事には
何一つ使えません。文字を打つ事が必要ない方には全く
無意味なものでしかありません。

CMでも言ってますが、
メールもウェブもゲームもできません。
音楽も聞けません、動画も再生できません。

それでも、ポメラは魅力を感じるガジェットであると
私は思う。

 

うーん何か提灯記事くさいなあ。でも、まあ、いいか。

もちろん、この投稿もポメラで大部分を書いてます。