道具が変われば表現も変わる? -Expression changes probably also change the tool.-

ペンタブレットで絵を描く際に、MacならPhotoShopが入れてあるものの、Windowsのネットブック
には高機能なソフトが入っていないのでろくに使ってもいなかったのだけれども、何の気なしに、
ComicStudioの簡易版で遊んでみたら面白いねえ。グラフィックソフトでも、特にマンガを書く事に
特化したソフトだけあって今まで使い慣れたソフトとはまた違う感じがします。

簡易バージョンといえどかなり本格的な機能が入ってる。感覚的にいわゆるペイント系とドロー系
で言うところのドロー系のソフトな感じですが、描線の描き心地がペイント系な感じでとっつき
やすくてサクサク描ける。トーン貼るのがなんか楽しいなあ。

まあ、お遊び半分で機能もフルに使えてませんけど、良い刺激になりました。まあ、これから
マンガを描くか否かと言われると定かではないですけど、いろいろ遊んでみましょうかと思います。

お話を考えるって結構難しいというか、ある種の羞恥心を克服しないとできないものです
からねえ。まあ、自己表現を生業とするものが羞恥心を持って、自己を表現することに
物怖じしてしまうというのは何とも頼りない感じがしていけませんねえ。

ただ、その葛藤に打ち克った者だけが本物の表現者なのではないかととも思う次第であります。

技術よりもまず、表現に対する姿勢って大事ですね。夢はでっかい方が良いのですが、その夢に向かって踏み出した途端に、現時点の自分の無力さを思い知ってしまって、自分の無謀さに気がついてしまって、そこで止まってしまう事は往々にしてあります。

そこで更に先に進む勇気を持てるかが大事であったりします。

自己の無謀さに気がつけない鈍感な人間が一流の表現者になる事はないです。ある程度、自分の思いだけでなく、周りの状況、現実をしっかりと見極められる人間でなければ。


と、自分自自身にも、とても耳の痛い事を叫びつつ、まあ、頑張りましょう。

って、別にマンガを描くという訳でもないですよ。自己表現全般の話です。