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「無駄」と向き合って、「無意味」を越えた先に見えるもの。

本日のパルプ造形の盛り作業をYouTubeにアップしました。
一部動画にはBGMを仕込んでいますので、音が出ます。ご注意下さい。


こういうメイキング動画にどれほどの需要があって、観たいと思う方が
いるのかどうかもよく分かりませんけども、一、作家、一アーティストは
制作物、制作の作業もワークショップ、ある種の時間芸術、作品とも言える
ものなので、試験的、実験的にやってみる事も立派な制作活動、アート活動
ではないのかと考えるものでもあります。



そもそも、資源のリサイクルというものは、一定の割合で、大きな矛盾を
抱えているものです。リサイクルする事によって生じるエネルギーコスト、
再生のために消費する資源を、出来上がる再生素材の品質、
生産コストを鑑みると、それに意味があるのか分からない。という問題を
孕むものです。



端的に言えば無駄。下手をすれば、ただの時間とエネルギーの浪費とも
言えなくもありません。

しかし、極論を言ってしまえば、人が生きる意味とは何でしょうか。
みんな生まれてたら死ぬだけです。いずれ無くなります。全てのものは
永遠ではありません。絶えず変化し続ける。それが生きると言う事です。

そんな、一見、冷え切った頭で考えれば無駄でしかない、生きると
言う事に何かしらの意味を見いだす事に意味がある。

人が無駄だとしか思えない事を突き詰めた先には、誰も知らなかった
意味が眠っているものではないでしょうか。

しかし、無駄だと思える事、確実性の無い事を続けるというのは、なかなか
どうしても難しい。

端的に言ってしまえばとても、とても、とても、不安です。怖いです。

それでもそんな事を続けるのは、ただの勘、曖昧な予感めいた、
「これには何か意味がある」という、なんとも非論理的なものであったり
します。




無駄は、無駄だと思った瞬間に無駄であり、ゴミはそれがゴミだと
認識したときに発生するものです。

ただ単に「リサイクル素材」という言葉が持っている「エコで何か良さそう」という
イメージに乗っかるような詐欺みたいな事はしたくない。

そういう思いを根幹に据えて、パルプを依り代にした制作を続けて行きます。




展示情報:創作ピンホールカメラとその写真展 Vol.8-Exhibition information.-

本日、「創作ピンホールカメラとその写真展 Vol.8」の
搬入に行ってきました。


会期は2011年12月14日(水)〜19日(月)まで
開場は午前11時から午後7時(最終日は午後5時で終了)
会場は名古屋、栄、ナディアパークの
国際デザインセンター・4階デザインギャラリーです



カメラもデジタル化が随分と進んで高性能でハイスピード、ネットにも
簡単にアップロードなどなど、もはや、アナログカメラととは別物の
様なぐらいに変化していますが、アナログならではの、ハンドメイド
ならでは面白さというのはあります。

カメラというものは現在、メーカーが作った製品を使うのが当たり前で、
素人が作るなんてとてもとても難しいと思われますが、穴を開けた箱と
フィルムか印画紙があれば成立します。

しっかりとしたものを、くっきりとした絵を撮るには技術が
要りますし、ある程度の知識が必要で、なかなか上手く
撮る事は難しいです。

いくつかの失敗を繰り返して、なんとかモノになるカメラ、写真が
できた時の感動というのはプライスレス。

どんどん自分で改良、開発する楽しさ、
「ここをこうすると、こういうものができないだろうか?」と
想像するのは詰まらない筈がない。

決してお手軽ではありませんが、人に用意してもらった娯楽にはない
面白さがある。


てなわけで、深く楽しむにはそれなりの知識が要求されるもの
ではありますが、個人的にはとてもユニークで面白いものが
展示されてると思います。少しでも興味を持たれた方は
ご覧になって頂けたら幸いでございますです。


おまけ?

先日の投稿の大黒屋画廊さんの「ART IN BOX」展の私の
作品なのですが。


参加する際にしっかりとした説明を聞いていなくて、でも、展示名に
「IN BOX」とあるので、よくよく考えてみれば、箱の中に入ってる
作品、というよりは、箱から出てしまっているどちらかと言うと
「ART OUT BOX」みたいな感じですね。ピンホールカメラの搬入
の帰りに画廊に立ち寄った際にそんな感じの指摘を受けて
気が付きました、というよりも、薄々は感じていました。

まあ、展示のルールに則っているのか微妙ではありますが、
個人的には小さな箱に押し込めるのは何だか「引きこもり」
みたいな感じがして、個人的な「内から外に出たい」という
欲求が表れているものだと自己分析してみます。

まあ、しかし、ひとつの題目、テーゼに対してアンチテーゼを
 投げかける事もいわゆるアートの世界では良くやられている事
 ではありますよね。

ルネサンスとか印象派とかダダイズムとか。まあ例を
挙げても恐らくキリが無いですけれども。


ちこく、ちこく、ちこく、こくち。 -Exhibit announcements too late.-

展示情報


2011年12月10日(土)~18日(日)
GALLERY COLLECTION VOL.8 -ART IN BOX-
大黒屋画廊

2011年12月14日(水)~19日(月)
創作ピンホールカメラとその写真展8
ナディアパーク4階 デザインギャラリー





展示直前になってしまうと、作品を作る事や、ちゃんと展示が
できるのだろうかとか、そもそもこんな展示をする事にどんな
意味があるんだろうか、こんな事をしている自分は何なの
だろうとかを考え出すと、もうどうにも躁鬱な感じになってきて
どうにも、制作だけでも一杯一杯になってしまって告知関係が
二の次になりがちになるのはどうにかならないものかなと。

搬入に出る直前、展示場所に向かう道程の息苦しさといったら
ない。搬入に関わる以外の行動が極端に困難である。しかし、
搬入を終えての開放感は他に比べるものがない。


いろいろと場数を踏んでいるけど、まだまだ慣れきれない
し、直らない。

しかし、そういう部分というのは果たして経験でどうにかなる
ものとは限らないし、完治なり根治というのはあり得るの
だろうか。

とどのつまり、そういう不得手な部分を意固地になって
どうにかしようとする事は不自然で、出来ないことは
出来ない。そういう体質なのだからと諦めて開き直って
居直るのもひとつの方策ではないのだろうかとも考える
次第ではあります。

てなわけで、DMの類は全く出せませんでした。ごめんなさい。

まあ、DM、つまりダイレクトメール。案内告知葉書を出す
というのも厳密に考え出すと難しいものではあります。
ある種の社会人、業界人としてもマナーというのは何にも
付いて回ります。

バリバリにこなせる人間ならばバシッと決められるのでしょうが、
やれない人間からすると、デザイン、レイアウト、入れるべき
情報から始まり、適切なタイミングはどこだろうかとか、
最終的には送る際に貼る切手の柄、模様は何が良いのだろう
という、割とどうでも良いと思いつつも、ここら辺がちゃんと
やれるかの違いが、結構大事なのかも知れないとか
考えると頭の中がフリーズするのは分かってはいる。

と、平常時は迷いなく言えるが、大概、DMを出さなければ
いけないタイミングは大概、追い詰められ掛けてて、一番
物事がはかどらないで、内心はジリジリとアラームが鳴り
響いてる、サッカー実況で言うところの「今が一番辛い時間帯」
であったりする訳です。

と、いう訳で、タイミングを逸してしまいました。申し訳ありません。

ART IN BOX展は今日からです。クリスマスの買い物がてら
栄にお出かけのついでなどにいかがでしょうか。

情熱に代わる資産なし。-No alternative to enthusiasm assets.-

先日、様々な企業が集まるイベントに行く機会がありました。
まあ、通常ならば、そんな所へは行く事もないのですが、私は
経営者って感じの人種でもないですし。

イベントで意中の出展ブースを探すという行為はインターネットで
検索するのと良く似ていますねえ。

引っかかり易いサイトなり、コンテンツは、イベント会場における
出入り口、経路にまっすぐにつながる通路に面したブース。

出てきにくいサイトというのは特に用でもなければ人が来そうに
ない、場所が良くないブース。

まあ、それであっても、見つけられる人は必要な情報、探している
ブースにたどり着くものです。これはネットでも同じかと。

いろいろな企業、会社が集まるということは、ビジネスのパートナー
を探すという側面は多大にありますよねえ。専門技術、ノウハウを
持っていても 製品を流通させる方法が無かったり、資金が無ければ
どうしようもないですし、逆に、独自の新しい商品を探したり、有望な
投資、融資の先を探すというのもあります。

まあ、探しているのがどういった相手であれ、最終的にパートナーとして
組むかどうかというのは、相手の熱意であったり、やる気であったり、
積極性であったりしますよね。いくら、実績を見せつけられてもそれらが
感じられないと、どうにも決められないものです。

まあ、仕事なので、お金というのは大事なんですが、どうせなら気持ち
よく仕事したいですし、熱意のない人間と組んでも成功しそうな気が
しませんし、期待もできかねます。

情熱などのメンタルなものを、貯蓄と同じものでコツコツと積み
重ねて行くと。立派な財産になるかと。

どんな事であれ、日々の積み重ねがものをいうものです。

継続は絶対的な力になり得ます。

作品も1日にして成りません。たとえ、即興的に1日で出来上がった
としても、それは、そこに至るまでの思考、経験、技術、知識、作業
などの蓄積があるものです。

アートに於いても、継続性というのは大事です。

結局の所、一定の作業を日々蓄積できる熱意、情熱、態度を持てる事
ほど大切な財産は無いという事ですかね。

まあ、他愛のない、ありふれた感情論と言われるかも知れませんが、
でもそれが人生をより良く生きる為の究極的な事ではないだろうかと
 考える次第です。

そう考えつつ、脾肉を当座の花にしつつ、日々精進する次第。

情熱はお金で買えません。もしかしたら、ある種の才能ですかねえ。

つくつくぼうしのなく夜に。-Type of cicada's cry at night.-

ある日、目が覚めるとそこは腐海だった。

いろいろな物で溢れかえっているが、そこに置いたが最後、
どうしてもそれが必要な時に見つからないという魔の空間。
なぜこれがここに存在しているのか、忘れられ、放置された、物の墓場。

今まで自分はなぜこんなあまりにも混沌とした場所に居たのだろうか?

今日の自分には理解できない。分からない。思い出せない。

吐き気がする。虫酸が走る。心が毛羽立つ。
こんな所に居る自分自身を疑う。信じられない。


本来、「穢れ」ケガレというものは汚れるとか、汚くなるという意味ではなくて、
ハレの日の「ハレ」と対を成す言葉、日常であるケの日の「ケ」が涸れたり枯れる
事、つまり、平常の日々の暮らしが送れなくなった状態を指す言葉なのだそうな。

まあ、今の自分の現状に即した、何とも当意即妙な事だろう。

物ってのは使える状態で持っていないと意味がない。いざというときに見つからない
物というのは役に立たない、持ってる意味がない。ただひたすら空間を満たして
圧迫するだけの、良くありふれた、使い古された言葉で言うところの「ゴミ」でしかない。

そんなゴミに押しつぶされ、二進も三進もいかず、ゴミの山で悶えてる自分というのは
なんとも馬鹿馬鹿しい話だなあ。

とある有名な漫画のとある話。狭い穴から手が抜けなくなった男が、医者に腕を切って
もらうが、結局その男の腕が抜けなかった理由は手に宝石というか高価な物を握っていた
からなんだそうだが、まあ、そんな男に似た愚しさだなあ。自分。

欲を出して手に余るものを持っていても何にもならないねえ。

押してダメなら引いてみろ、掴んでダメなら離してみましょう。

といった、今日の、作業に移ろうにも使いたい物が見つからず、仕方なしに部屋の整理整頓を
始めるも、探し物は見つからず、片付けているはずの部屋はより散らかり出す始末…。

まあ、そんな類の悔恨な懺悔の反省文でした。


君の未知なる宇宙の物語展以降、パルプにクレヨンなり、オイルパステルでの色つけが
表現としての相性が良いと考えて、実験及び、調べ物をしてみたのですが、クレヨン、
オイルパステルの特徴、特性である、固形油脂、蝋の柔らかさは塗るには良いが、
保存性の観点からすると、塗装面の色材が安定しない上に、固着させるための決定的な
方法が見当たらないので、いかんともしがたい状態なのですが、ではオイルパステルの
オイル抜き。つまり、パステルを用いてはどうかという仮定の過程で実験してみました。
パステルならばフキサチーフでなんとか出来るはずですから。

大学時代に買い込んだ画材群に確かあった筈だと、軽い気持ちで腐海探検を始めたの
でした…。

まあ、長い長い探検の物語はまた別の話として、パステルを使うのは問題無いようです。
パルプとの相性は良いですねえ。

まあ、ただ、こすって広げる際に、指が痛いのを何とかしないと。一旦、手製絵具を
塗った後のザリザリ具合は紙ヤスリのようです。紙などでこすると紙がボロボロですわ。


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さくさくっと制作日記。-Write a diary pulp molding production quickly.-

お盆がマジかってぐらい間近になってますねえ。まあ、世界経済的に
ちょいとヤバげな雰囲気で、今年は何があっても不思議じゃないですねえ。

まあ、だからといって疑心暗鬼になったところで何にもなりませんけどね。

まあ、経済も色々な指針やデータで騒ぎになったりしますが、最終的というか、
暴落なり高騰する背景には「信用」っていうけっこう曖昧で感情的というか、
感覚的な事だったりしますよね。

現実がどうかではなくて、実感を伴うか否かが一番重要だったりしますよね。

信じられるかどうか。

そんな事が重要ってなんだか宗教じみてますねえ。


まあ、それは、置いておいて、制作日記です。


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万歳展(仮)イメージを塗装作業。貼り作業。色のバランスがまだアレかな。
写真写りが悪いだけ。と思いたい。ちなみに左が使用前、右が使用後。


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塗料の実験で以前、鉄さびで塗料を作ってみたのの延長で、
使用済みホッカイロで塗装してみた。
ホッカイロは鉄粉が化学反応で酸化する過程で発生する熱を利用している
というのを小耳に挟んでいたので意外と入手が大変な鉄さびを割合簡単に
入手出来ると思いきや、使い終わったホッカイロには何か非常に固い粒が
混ざっていて、乳鉢ではちょっと擦っても砕けない位に固い。
酸化していない鉄の粒だろうかねえ。

まあ、細かく砕くのは諦めてそのままボンドを混ぜて水を入れて塗装してみる。
左のウサギっぽい画像の目とか、万歳展(仮)のイメージの線描的な部分に
使用してみた。色としては面白いかもしれません。

まあ、今後も色材の実験は続けてゆきます。

日々此制作日記。-This is the usual production diary.-

制作日記を久々に書きます。最近は制作一辺倒で、ブログ更新やら、営業活動やらが
後回しになりがちです。

物理的にも精神的にもパッツンパッツンの一杯一杯で、届かないところには
手が届いていないといいますか。

雑事とかお出かけが億劫ですねえ。まあ、展示のスケジュール的には気が抜けない
タイミングなんで、正直、制作以外のことはすんごいどうでもよさげです。

こんなタイミングで会議とか話し合いなんてとてもじゃないけど時間の無駄にしか
思えなかったりします。

お盆前にメドをつけておかないと、デスマーチが聞こえてきますわ。

まあ、それでも心に花を、ボロは着てても心は錦的な感じで余裕を醸し出して
いられる存在に私はなりたい。

ま、そんな詮無い事なんてどうでもよいです。本題いきましょう。


以下、制作中画像。


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先日の「君の未知なる宇宙の物語展」でちっちゃいキャラ造形群をほぼ
使い切ってしまったのでその補充及び、万歳展(仮)向けのちびキャラ達を
作っております。で、それを元にポータブルシュラインこと御神輿的なものを
作りたいと思案しています。

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万歳展(仮)のテーマイメージの平面的な立体。いや、立体風な平面かな?
まあ、ともかく、ちょっとした、ささやかな実験的な作品を制作中。
でも、まあ、自分の作品で実験的なアプローチでない作品の方が
少ないかな。常に作品は試作品。いいのか、わるいのか。


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この画像だけちょっとアクセス数が多かったりするのは何でなんだろうなあ。

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最初の方は割と違いが私の中で明確だったんですが、だんだんとあんまり
違いがなくなってきたような。


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DSC_7345-BANZAI EXB IM posted by (C)かゆきゅう

で、本日現在はこんな感じ。

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DSC_7348-BANZAI EXB IM posted by (C)かゆきゅう

カタチとしては出来上がったのであとは色をのせて、紙を貼って装飾していく
段階ですねえ。


最近の私の制作動向というか、考えているのは立体と平面の混在化というか、
別段、そんな二次元とか三次元という括りって割とどうでも良いものでは
ないのではないかと。

数年前に考えていた「現実をフィクションする」というのと割合近い感覚といいますか。

通常、空想というのは現実の上において成り立っていると考えられがちなのですが
もしかすると逆なのではないか、はたまた、区別がきっちりとつけられるほどの埒
というのは存在しないのではないかといった感じです。

人類というのは物事を区別、分類して科学技術なり、文化なりを発展させてきている
のですが、そもそもその区別というのは、扱うものの都合や主観に基づいて、思考
する際に考えやすい様にジャンル分け、ソートされているものではないかと。

ですから、人の決めたジャンルではなく、自分自身のチョイス、ソートによって
ものを考え、発想しやすいように思考を整理することは大事ではないかと考えるに
至ります。

そんなわけで、二次だ三次だのの区別を自分の中から除外というか、ちょっとお暇を
お願いしまして、色々とやってみようかと。



まあ、そんな事とはあまり関係ないかも知れませんが、先日、遅ればせながら、
イラスト系のコミュニティサイトpixivを主戦場としたキメこな、現代アート、
カオスラウンジ騒動のまとめサイトを閲覧したのですが、まあ、なんというか、
単純でいて複雑というか。

そもそもは二次創作とか同人ってのは著作権的にグレーゾーンといいますか。
一概にギリギリセーフとも言い切れない、完全にアウトとも決めつけられない、
非常に難しい矛盾を孕んでいるものです。

なんであれ、制作、創作に於いて他者の作品のイメージなどを借りる際には
一定の作法ってものがありますよね。礼儀なり、仁義ってものがあります。

その一切合切を無視して悪目立ちをしてもどうなのかと。

既存のものに対して「そんなもんくだらねーぜ」っていう手法はアートの中には
ある事は理解していますが、パンクロックな感じはあるのでしょうが、
どうしてもそれは美しく見えない、共感もできない。

つか、人の作品を物理的に蔑ろにする行為には好意は持てません。

人の作った料理をろくに味わおうとしないでゴミ箱に投げ入れるのと
同じぐらいに人として根本的な部分を欠いている気がしてなりません。

まあ、そんな、自分の主観で、あれは下らないとかいう駄文をこれ以上書いて
も何にもクリエイティブでないので止めましょう。


もうひとつ、今回の騒動でpixivというコミュニケーションサイトの運営側の
思惑がちょっと、垣間見えた気がします。

pixiv発のオリジナルなコンテンツ、ムーブメントを作りたいんだなあと。

現状、pixivの主流なのはアニメ、マンガ、ゲームなどのキャラクターを
モチーフにした創作物が大半です。こういったネタは人が良く集まりますが
あくまで二次創作。著作権的にかなり微妙なので、サイトのオリジナルのコンテンツ
とは言えない。

ちょっと違うかも知れないけどニコニコ動画とかYouTubeみたいな展開を期待
しているのではないかなあと。

いままでpixivは二次創作的なイラストをアップするサイトという認識を強く持って
いたのですが、オリジナルなイラストもアップしていっても問題無いのかなと、
思っている次第です。

まあ、運営がそう思っていても、閲覧している方々の思惑とはまた違うものなんですが。

黄昏て斜陽。-Consider the culture of the sunset.-

Big mountains and cloud-scale
Big mountains and cloud-scale posted by (C)かゆきゅう

Twilight sea of clouds.
Twilight sea of clouds. posted by (C)かゆきゅう

古い有名な詩だか随筆に「夏は夜が良い」となっていたりしますが、
個人的には春においても、夏であろうが、秋はもちろん、冬であっても
一日の中で一番に心が踊るのが夕暮れ時、黄昏だったりします。

どの季節でもその季節なりの夕焼けがあり、日暮れがあり、トワイライトな
光がめまぐるしく変わる、昼でも夜でもない不可思議な、逢魔が時。

一日が終わってしまってもの悲しい。なんて言われたりもしますが、
一日を無事に乗り切ったという満足感を感じる時間帯でもあると思います。

終わりがあるって大切な事です。じゃなきゃ何も始まりません。

繰り返す一日一日をしっかりと生きてこそ新しい明日が来るというものです。

どんな偉業も、繁栄を誇る大都市も一日だけでは成し得ないものです。

その大事な一日を積み上げてみる夕焼けはとても綺麗なのです。


と、まあ、達成感のない日常を諦めずに何とか生きている次第ではあります。

「君との未知なる宇宙の物語展」を終えてから、手のひらに収まる様な小さな造形を
どんどん作り貯めてそれを素材として様々な活動の、制作の核になるのではないかと
思い続けています。

パルプを紙から戻して、材料を準備する事と、小さなカタチ、作品を作ると言う事は
等価値であるのではないかと考えています。

そして、それを完成した作品として成立させるのは、自分であるし、見知らぬ誰かであっても
良いのではないのかなと。

作家自らが手を下さない、ある程度、自分で作品を完全に制御しない制作の手法というものも
あります。いわゆるモダンテクニック、モダンメティエと称される、偶然性を重んじるスタイルの
延長線上にあるのかなあと。

まだまだ机上の空論ではあるかもしれませんが、どういったカタチが良いのかは、追々、
考えていきたいテーマです。

ただ、単に、作品を観て貰う。それだけをやっていてもそいうアートな活動ってもうダメな
気がしてます。もっと観客と戯れるような事をやっていかないと、新しい形態を考えていく
事をしなければなりません。

今日日、専門学校はおろか、大学というアカデミックな所にマンガやアニメの学科が出来ている
時点で、もうそれらはサブカルチャーではないんではないかと。普通にメインなカルチャーなの
ではないかと。

伝統とか、これはこういうものだという固定化されているイメージってのはもう死滅しているかも
知れません。

もっと、創造的に活動していかないとどうしようもないのではないかと思います。

アーティストも坊さんみたく、世の中、世間一般大衆から認知されなくなったら、
只のタダ飯食らいになってしまいます。

昔からの伝統工芸の興亡を見る限り、技術にかまけていても、必要とされなく、
理解されなくなったものは消えるのみですねえ。

ボトムダウンってのは大事ではないでしょうか。文化ってのはまず、裾野が拡がってこそです。


さて、なんだか話がぼやけてきたので今宵はここまでです。おやすみなさい。

雨上がりの後の公園。"Park after the rain."

いつもの公園散歩。雨のあがった午前中。



ちょうど 桜の木にサクランボが実って色づいて きてて梅雨前
ならではの風景なの かもしれない。

しっかし、真っ赤というか赤黒くて、血の色みたいでちょっと、グロテスクな
感じ。

「桜」の漢字の元となった赤い珠の首飾りにも見えるし、英語のチェリーという
隠語の元々の意味の語源みたく血の色にも見えなくもないですねえ。

いかん、話題も若干グロい方向に行ってんなあ。
これ以上は語りませんけど、気になった方はググりましょう。




制作中のアルバムを更新。日付で分けるの全ての制作中画像と
まとめてアルバムにするのとどっちが良いんだろうねえ。

雨のベランダの蜜柑の木と物干し竿の憂鬱。"Tangerine trees in the rain veranda, laundry pole on it and depression."

九州南部が梅雨入りだそうで。これって早いのか遅いのやら。

まあ、今年も例年通りの異常気象だったりしてねえ。

では、いつもの スライドショーの はじまり はじまり。
今日は日付でアルバムに してます。制作画像の後に
雨画像があったり しますが、まあ いいか。




雨っていいよね。風景的な意味で。

Rain and orange tree in front of the house.5
Rain and orange tree in front of the house.5 posted by (C)かゆきゅう

Laundry pole and drops of rain.1
Laundry pole and drops of rain.1 posted by (C)かゆきゅう

洗濯物を乾かすための物干し竿が雨で濡れている様というのも、
なんとも面白い組み合わせですねえ。

皮肉な感じ。

Painting work in progress.2
Painting work in progress.2 posted by (C)かゆきゅう

制作中。ちょっとした疑問からマトリョーシカについて調べていたら、
ちょっと作ってみたくなってやってみた。

といっても、入れ子状になってるわけじゃなくて、姿形を模倣してみただけです。

マトリョーシカといっても様々で、これは良いなと思えるかわいい やつ とか、
あんまり可愛らしくないものから、変わり種までバリエーション多いんですねえ。

マトリョーシカのルーツは箱根の七福神の入れ子人形という説があるらしく、

ある意味、縁起物の亜種ともいえなくもないかなあと。

縁起物であれば、今の私のフィールドな訳ですよ。


と いっても、最近の造形方法は、初期にあった様な中空な方式でなくて、インゴット的に
中の芯まできっちりとパルプが詰まってる 今までの 流れとは また違う 方式に 則って
造形しているのですが、まあ、これは、最初はサムネイルモデルと言いますか、

手の中に収まるような大きさの人形というかフィギアを作ってた流れの延長線上なんです。
GAISAIの出展準備中に限られた時間で作っていたのが、震災で中止になり、その後は
気を紛らわす為に祈ってた形たちがどんどん膨らんでいって大きくなっちゃったのが

カタチとして作っていく手順は殆ど雪だるまと同じですね。パルプを丸く固めた芯を
おにぎりの要領で丸めてそれをふたつをひとつにくっつける。

結果、だるま に ちかいカタチに なる訳です。この手法にマッチしている気がする のが
このマトリョーシカであったり します。

まあ、なんというか、リレー方式でどんどん作るものが変わっていってる なあ。





蝸牛の如く進み、願い続ける日々。"Go as a snail, wish to continue daily."



予定を立ててもなかなか達成は難しい。

自分が遅いのか、トロいのか。

予定が無謀なのか、自分が無能なだけなのか。

届かなければで諦める。それはしたくない。

届きそうだとか、そうでないとか。

それはもうだっていい。

諦めずに願い続けたい。作り続けたい。

あとどれだけ作れるだろうか。どこで終わりだろうか。

どこで突然に終わるとしても後悔のないように作り続けたい。


まあ、こんな思いもいつかは忘れるのかもしれません。

そんな様々な可能性なんてどうでもいいですね。

今は迷いを捨てて、思いを形にする事に専念致します。

Pulp molding, a slide show.



世の中、社会ってのはおもちゃ箱だね。いろんなものがつまっていて、お気に入りもあれば、
イマイチどうでも良いものもある。それぞれに愛着や、思いがあって、それで遊ぶ事で何か
を願ったり、想像したりする。
でもそれらは壊れやすくて、なくしやすくて、いつの間にか消えてしまう。部屋から
おもちゃ箱がなくなったのは一体何時の事だっただろうか。全く覚えがない。
遊んだ記憶はおぼろげながら、断片的に覚えているのに。

願いなんていつ忘れてしまうか分からない。人はいつまで明日を迎えられるか分からない。

だからその一瞬を、一日を、強く焼き付けて、その日その日に出来る事を出来るだけやらないと。
宵越しの銭を持たなかったという江戸の庶民の様に。

明日は必ずみんなに等しく来るとは限らない。

明日やろうと思う事を実行できるとは限らない。

今日出来る事は今日にしかできない。明日は明日の風が吹く。

もし、明日を迎え得られて、今日が昨日になったなら、その昨日を忘れないようにしよう。

忘れてもいつの日か思い出そう。

今日があるって幸せなことです。



おおっと、変な感じに脳みそ茹だってしまいました。

ちょっとクールダウン。


そろそろ、制作にも熱が入ってきた感じです。まあ、あれやこれや考えたところで、
状況が良くなるとも限りません。

身動きできなくなるぐらいなら、いっそ考えない方が良いかもしれません。

そもそも、制作において制御が行き届くタイプではないので、兎にも角にもフィーリングで
がしがし作っていくしかないですよ。

どうにも、中途半端にデザインをかじっている人間なので、コンセプト的なあれやこれやを
ネチネチとウジウジと考えてしまいがちです。

作りながら思考して、完成してから作品を理解するものですから、途中でこまいこと聞かれても
非常に困るですね。


まあ、なんというか世の中もですが、私個人としても、将来とか、安泰とか安寧を悶々と考えた所で
物事に絶対はないです。まあ、宗教ではあるかも知れませんが。

ああいうどうにもならない大災害、自然災害も人災もいつ来るかは分かりません。

心の安らぎを得たいという気持ちも一種の欲望ですよ。金銭、物質を欲するのとなんら大差ないです。
過ぎた欲望ってのは身を滅ぼします。それが世の常です。
身の丈、現状、将来性などなどのバランスを鑑みて妥協をしなければ、本当に自分の欲するものは
手に入りませんよね。

人は何かを得るにはそれ相応のリスクを負わなければなりません。

捨てる事の出来ない人間は拾う事はできません。

いくら「ものひろい」特性を持っていても、拾ったものをバッグにしまわなければ新しくものを拾えません。

えんぎもんず第弐集完成。



去年も制作を依頼されてつくったえんぎもんずの引き出物を今年も依頼されて制作。

数は少ないですが、微妙に進化しているつもりです。

前回は何をどんな感じに立体化しようか迷いに迷い、追い込まれたが故に、明らかに手数を
かけ過ぎてそれを60体というかなりしんどいものでした。

えんぎもの自体を自分自身、開運展を含め、それなりの数を作ってきたので自分の中で、
キャラ設定というかディテールをつかみかけているなと感じてます。

哲学の用語でいうところの「イデア」ですかねえ。馬と一言に言っても馬だって一頭一頭、
個体差があり、変わってる部分を擁しているのに、それであってもそれが馬だと分かる。
それを認識出来る普遍のイメージのことですね。

形としては現実に存在しないけどそれを作る事ができる。

存在として、頭の中のイメージが鮮明化して、ある種のリアリティをもってる。

そんな感じですかねえ。

まあ、しっかし、福犬がこなれてきて、自分自身は猫派なのですが、自画自賛ながら
かわいいよね。

鶴の造形も前は、まったくどうして良いやら分かんなかったけど、今回は方向性が
はっきりしている。

エビも同様。鯛もしかり。亀はデコレーションしまくってなんだかポケモンチックですわ。

もしかするとゲームのやり過ぎ、いわゆる一つのゲーム脳って奴かも知れません。

アリ?ウサギ?"Ants like rabbits? Such as rabbits or ants."


先日、ベランダのプランターをうごめく小さい黒い影。
アミメアリがボチボチ今年も活動を再開したようですねえ。

全長せいぜい3ミリセンチメートル程度なので、結構コツが居る。
ええ、カメラで撮るならの話です。

マクロ撮影機能は最近のデジカメならどれにでも付いてると思いますが、
それでも余り大きく撮れないですねえ。

やっぱ、デジイチに接写リング付けて、久々に標準レンズ。

Pristomyrmex punctatus
Pristomyrmex punctatus posted by (C)かゆきゅう

ここまで寄って撮れます。

やっぱよく見ると違うなあと。

ええ、カメラの性能の話じゃなくて、一応このアミメアリをベースにして、
イメージソースとして、アミー・メアリという、ちっこいオレンジ色のキャラ
を作ったんですが、





先日のつるの絵の件でもそうですが、いまいち、アミメアリ
の形を消化しきれていなかったなあと。

というか、これはどっから出てきたアイデアなのやら。アリには
パッと見、見えないよなこれ。

ですので、

よーく見てみて、ディテールを抽出して、キャラにフィードバックして
みたらこうなりました。

うさぎ?

何とも面白いなあ。つか、以前のキャラがポケモン的な進化前でコレが
進化後みたい。

今回は偶然にハマってしまったんですが、むしをどうぶつに置き換えてキャラ化
というのもなんだか騙し絵みたいで、面白いかもしれません。

モチーフが2種類って仮面ライダーの怪人みたいだな。

まあ、てなわけで、いきなりですが、「むしのくに」の第二シーズンが私の中で
静かに始まりました。

私達は進む、夕暮れの帰り道を。"We go, way back in twilight together."

一年は四つの季節に分けられますが、その一年の四つ季節を人間の一生に
なぞらえて青春、朱夏、白秋、玄冬などと言われたりします。

人の普段の一日は大概、どこかへ出かけて行って、帰って来ますよね。
では、その一日を人の一生に例えてみた時に、人はどこかへ出かけて行ったと
すると、また同じ場所に帰るのでしょうか。

そういえば、年を取ると逆に子どもに戻って行く。なんて言いますね。
戻るにしても、往路と復路では同じ道であってもやはりいろいろと
違うものですよね。

出かける時はどうしても、ピリピリと緊張をしてしまうものですが、
帰り道というのは何だか安心感がありますよね。

まあ、ですから、帰り道の象徴である、一日を無事乗り切れたという
達成感、安堵感を得られる夕日、夕焼けというのは、個人的に、朝日、
朝焼けよりも好きなものです。

まあ、同じ夕方でも、日曜日の夕方の終ってしまった感というか、
サザエさんシンドロームな空気感はどうにも苦手ですけどね。

また、何が起こるか分からない一日が来てしまうと思うと、憂鬱なものです。
人生は善くも悪くも回りますから、それが怖いですよね。

ドキがムネムネする感じというのはたまには良いけど、それを毎日というのも
考えものです。

まあ、でも、そんな感じで、分からなくて普通です。怖くて普通なんでしょうねえ。


写真を素材にお絵描きってのは良いのですが、上記にあった様に、自分の撮ってる
写真って夕焼けが多いんですよね。暗い絵か、オレンジ色の絵に偏るかなあ。

ま、いっか。

さてさて、制作作業の写真もコンスタントに上げて行かないとなんだか
仕事してない様に思われそうですんでとりあえず、あまり、作為とかを
せずに、適当にポートレイトしてきます。

20110411Work today-1.
20110411Work today-1. posted by (C)かゆきゅう

20110411Work today-2.
20110411Work today-2. posted by (C)かゆきゅう

うーん、画像だけだと状況というか、塗装もしてないやつだから
さっぱりわからないですかねえ。ダメじゃん。

豊橋の展示用作品もボチボチペースを上げてかないと大変なんですよね。
モチーフに困るというか、モチーフに迷いますね。 なんだか自分の中で
 何かしっくりしていない部分がある。迷いがあるかな。
 
まあ、そこいら辺の自分のリミッターを外さないと中途半端になりそう。
 気を付けないとな。

引きでもんズに関しては25体分の原型というか芯の削り出しは終了してます。
随時パルプ盛りも平行して行ってますので、順調ですねえ。

まあ、とにかく、何事も、日々の積み重ねですねえ。
毎日動かして行かないと、滞ってしまいます。

まあ、本サイトの更新が停滞してて申し訳ないけど。

人は足があればどこだって行ける。行こうと決意さえすれば。-People can go anywhere if they have legs. If you decide to go.-

エビフライさんズの図。
なんとなくポケモンの進化前と進化後みたくなってるねえ。


さてさて、いつもの小幡緑地東園から始まりますが、今日は、ここから下志段味までを
歩きます。

Yoshino cherry blossoms are in bloom.
Yoshino cherry blossoms are in bloom. posted by (C)かゆきゅう

ソメイヨシノももう結構咲いてるなあ。

Yellow flowers.
Yellow flowers. posted by (C)かゆきゅう

ひゅうがみずきだったかな。黄色い花が付いてる。

Thunberg's meadowsweet.
Thunberg's meadowsweet. posted by (C)かゆきゅう

で、こっちはユキヤナギ。まあ、別名もあるみたいだけど、札に
書いてあった。

Under the shade of trees dandelion.
Under the shade of trees dandelion. posted by (C)かゆきゅう

クスノキの木陰で咲くタンポポ。なんかいいなあ。

Dandelion colony.
Dandelion colony. posted by (C)かゆきゅう

東屋というか藤棚の前のタンポポコロニー

こっからは、オバリョクを出まして長廻間をぶらりと彷徨う。
高速脇の道を行くと長廻間緑地という案内看板が。

Giant vegetables scattered around the park.
Giant vegetables scattered around the park. posted by (C)かゆきゅう

おおお、ぬあんじゃ、こりわ~。巨大な野菜が公園に転がっちょる。
くもみ、さっそく獲りにゆくぞ~。


Chinese cabbage Type of park signage.
Chinese cabbage Type of park signage. posted by (C)かゆきゅう

って、入り口にも白菜モチーフの塊が。

なんか小さな公園とレンタル菜園が組み合わさった、変わった公園なんだな。

しらなんだわ。

で、まあ、更に高速道脇を歩く。で、遊歩道の入り口みたいなところで「太鼓ヶ根緑地」
というサインを見つける。

Rather than green and the promenade.
Rather than green and the promenade. posted by (C)かゆきゅう

確かに緑はあるが、遊歩道じゃないのコレ。

なんだかさ、緑地という言葉を乱用してないかな。これ以外にも守山区には
中志段味に安田池緑地ていうのが地図上は確認できるんだけど、現地を見る限り、
ただの林が広がってる、ほぼ整備されていないような所があったりするんですよね。

乱用でね?というかそういうものなの緑地ってさ。

個人的には「大きめの公園」という理解なんだけど。


で高速道脇の緑地を竜泉寺街道に近づいてくるとちょっとした工場地帯が見えてくる。

なんだかコーヒーのような香ばしい、でもコーヒーにしてはちょとマイルドな香り。
どこからだろうと上を見上げると看板が。


Sweet smell of fresh sign.
Sweet smell of fresh sign. posted by (C)かゆきゅう

黒豆茶か…。おいしいのかなあ。


もう少し下る。


Looking up the highway from the promenade.
Looking up the highway from the promenade. posted by (C)かゆきゅう

吉根から志段味支所まで続いてる自転車道と交差。

Roots drum months green space.
Roots drum months green space. posted by (C)かゆきゅう

何か富士山みたいな岩に太鼓ヶ根緑地のサイン。を見て自転車道へ。

Yellow tunnel before Thurs.
Yellow tunnel before Thurs. posted by (C)かゆきゅう

日の後あたりのトンネル前。

Sunlight through the yellow trees.
Sunlight through the yellow trees. posted by (C)かゆきゅう

この木何の木、黄色い木。


A very long slope.
A very long slope. posted by (C)かゆきゅう

で、志段味スポーツセンターのある高台の下辺りまで来ると何だか変なスロープ。

バリアフリーの一環なのか何なのか。

しかし、折返しの距離がハンパ無く長すぎやしないかねえ。微妙に勾配のある長いスロープ
を2回折り返すってどうなんですかね。で、折返し部分のアミのフェンスは何のためのもの
なのやら随分と気になるのですが。

すまんけど、このスロープ使うぐらいならこの脇の6~8段程度の階段使う。
自転車でも持って上がるなり下がるなりした方がマシな感じがする。

で、まあそんなこんなで、帰宅した訳ですが、いやあ、志段味は歩いてて面白いね。
いまだに未完成な住宅地だから、どんどん風景が変わっていくなあ。開発というのか
自然環境破壊ともいうのか。

まあ、商いですね、いや飽きないですねえ。

まあ、商いでもあながち文脈的に間違いじゃないかも。



Good luck in the core during production.
Good luck in the core during production. posted by (C)かゆきゅう

えんぎモン引きでモンシリーズ第2集の制作を進めてるのですが、まだこんな感じですねえ。

フォームの削り出しで一週間、盛りつけで一週間、仕上げで一週間でなんとか間に合うかな。

ああ、久々に制作関連の画像上げたな。何日ぶりだろう。