それって死亡フラグ?It`s cliffhanger evils.

先日のはなし。

儀式ってのはどうにも意味の分からない作法が沢山あって、ある意味理不尽な位。
根本的なとこでは、おまじないと同じな感じ。

ハレとケでいえばハレ。日常かというと非日常。

非日常。だから分からない事ばかり。

その場において正しいのかそうでないのかと考え出すともう、訳の分からない事ばかり。

その場に合わせようと、正しい事をしようとしても、知らないものは知らない。
分からないものは分からない。想像できないものは想像できない。

そんなある種の恐怖を覚えるような事が生まれてから鬼籍に入るまで、要所、要所で
繰り広げられる訳です。

まあ、人生自体が理不尽で、意味不明かも試練ですが。

幸福を考えるあまり、本当の幸せを見失いガチです。
青い鳥はどこで見つかるのかという話。

茶道は英語でティーセレモニー。お茶の儀式。

さて、遠足前夜症候群が例に漏れず、絶賛発症中ですが、いつになったら
寝れるだろうか。

本人でもないのにこれほど緊張するとは、こんな困難では将来、万が一、
カミサマの小粋なジョークで生涯の伴侶が見つかったとして、儀式の
緊張に耐えられずポックリと旅立ってしまうかもしれない。
まあ、幸せの絶頂で、人生を終われるのも幸せと言っちゃあ幸せかもね。

周辺に多大な迷惑をかけるだろう事は火を見るより明らかだが…

つか、そういうシュチュエーションのドラマってなんかあったな。



さて、先日、さすがに当日に投稿するにははばかられたので下書き状態で
保存しておいたネタをここいらで発掘しました。

さて、ここいらで頭を切り替えて、褌を締め直して、心機一転、起死回生の一手を
講じて行きたい所です。

秋の展示に向けて、コンセプトなりテーマ、といっても、オープニングとかエンディング
とか、劇中に流れたりする歌とか音楽のことでなくて、創作や議論の根本的意図、題目、
中心課題などの主題の事です(大辞林調べ)。

 えっと、ちなみにコンセプトは概念、意図、構想、テーマの事らしいです(大辞林調べ)。
つかテーマってまた出てきてる。まあ、類義語という事ですねえ。

まあ、テーマの方が少し具体性がありますねえ。

一応、以前から「開運(仮)」というテーマを掲げていますが、何分、具体的な言葉で
はありません。曖昧な言葉って以外に便利だという側面はありますが、相手どころか
自分までもケムにまいてしまって本末転倒な事になりかねません。ので、どのように
解釈し、その解釈をどう表現するか、がキモになります。

以前にも書いてると思いますが、開運ってのは基本的にエンカウント率を、遭遇の
可能性を、イベント発生の確率を上げる事と思います。

その善し悪しは置いといて。

サイコロを振って1が出る確率は6分の1ですが、サイコロを振るチャンスさえあれば
いつか必ず1は出ます。

そして、サイコロを振るのは単に確率だけの問題ではありません。

再抽選のチャンスを多くつくる方法もあれば、1を出す確率を上げる振り方というのも
存在するはずです。

まあ、だから、目標というものを設定し、その目標を達成する為の方法を思案し
そのアイデアのいくつかを実践するという姿勢を作り出すのが開運につながるの
かもしれません。

様々な可能性を考えられるというのも、開運に欠かせない要素でないかな。

目標までの道は一本道ではないですし、2次元の平面とも限らず、高低差も
考慮の必要がある3次元である可能性もある訳です。

可能性と言う名の道は沢山あると、迷ってしまうものかもしれませんが、一発で、
最初の選択で正解を見つけようとするのも図々しい考え方ではあります。

もうそこは自分信じて直感や、勘に頼らねばなりません。そして、どんな道であろうとも
決定したら、いつまでもまよっていないで進んでみる前向きさは不可欠です。

間違えたらその場で、もっかい選択をやり直すだけです。

まあ、だから、展示においては、今までのパルプ作品が探してきた可能性を
系統樹、そこまでやらなくても、大元の作品から、次の作品が、新しい可能性が
 どのように枝分かれしてどこで繋がっていったのかを考えた、展示がやれると
良いなあ。

となると、作品を分析して系統分類する作業が必要になるなあ。