とある虫のさざめき。"One of them ripple certain insects."

ワタシはだあれ?

ワタシはとしふみ。

オトシブミのとしふみ。

ワタシは思う。

極論を言ってしまえばアートというのはおかしな事。

日常ではなく非日常。通常ではなく異常。ハレであってケでは無い。

とキッチリと打ち込んだ釘ではなくて、ビョンと飛び出ている釘。

ルーチンワークではなくて、ソーシャルワーク。

アーティストってのは非日常を作り出す存在。
 日常から離れた特異点であり、非日常が日常な存在。
型を作るのではなくて、型を破る、型破りな存在。

そうありたい、そうであって欲しいとワタシは望む。

しかし、人というのは一定のリズムというものがなければ
日々を送るのも苦しい。

アーティストという存在、現象を持続していくには一定の法則が
 なければ、一貫性がなければその存在、現象はつかめない。

水源の一雫などは見えない。ひとつに集まってこそ、川になってこそ
 大河となってこそ人には見えるし、尊敬もされ、畏怖の念も持たれる。
尊厳を持てる。

不連続な連続。 日常的な非日常。絶えず変化するという万物の理を
体現し、そこに永久不変の真理を視る。

しかし、変化、異常というのはこわいものである。

一寸先が見えないのはこわい。

でも10年先が見えてしまうのもこわい。

日常では見ないで済んだワタシの持つ、ひどく脆弱で矛盾したワタシを
直視してしまう。

見えない闇を見入ってしまう。

何も見えないワタシの目など無いのと一緒だと錯覚する。

通常で異常な、変わる代わる世界においてもカラダの奥底に
自分の中心に変わらぬワタシをもっていなくてはならない。

どんなに孤独で孤立であろうとも、挫けてはならない。
諦めてはいけない。ワタシの存在を疑ってはいけない。

変わらぬ一点、曇らぬ一点を抱き、常に変わらなければ。

不連続から連続を見出し、連続から不連続を作る。


しかし、迷う、疑う、馬鹿馬鹿しくなる。

でもそんなワタシの弱さから目を背けていては意味が無い。

そんな弱さとも手を取り合って作らねばならない。
もっとワタシを知る為に。どんなワタシも信じられる様に。