ラベル パルプ の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
ラベル パルプ の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示

つくつくぼうしのなく夜に。-Type of cicada's cry at night.-

ある日、目が覚めるとそこは腐海だった。

いろいろな物で溢れかえっているが、そこに置いたが最後、
どうしてもそれが必要な時に見つからないという魔の空間。
なぜこれがここに存在しているのか、忘れられ、放置された、物の墓場。

今まで自分はなぜこんなあまりにも混沌とした場所に居たのだろうか?

今日の自分には理解できない。分からない。思い出せない。

吐き気がする。虫酸が走る。心が毛羽立つ。
こんな所に居る自分自身を疑う。信じられない。


本来、「穢れ」ケガレというものは汚れるとか、汚くなるという意味ではなくて、
ハレの日の「ハレ」と対を成す言葉、日常であるケの日の「ケ」が涸れたり枯れる
事、つまり、平常の日々の暮らしが送れなくなった状態を指す言葉なのだそうな。

まあ、今の自分の現状に即した、何とも当意即妙な事だろう。

物ってのは使える状態で持っていないと意味がない。いざというときに見つからない
物というのは役に立たない、持ってる意味がない。ただひたすら空間を満たして
圧迫するだけの、良くありふれた、使い古された言葉で言うところの「ゴミ」でしかない。

そんなゴミに押しつぶされ、二進も三進もいかず、ゴミの山で悶えてる自分というのは
なんとも馬鹿馬鹿しい話だなあ。

とある有名な漫画のとある話。狭い穴から手が抜けなくなった男が、医者に腕を切って
もらうが、結局その男の腕が抜けなかった理由は手に宝石というか高価な物を握っていた
からなんだそうだが、まあ、そんな男に似た愚しさだなあ。自分。

欲を出して手に余るものを持っていても何にもならないねえ。

押してダメなら引いてみろ、掴んでダメなら離してみましょう。

といった、今日の、作業に移ろうにも使いたい物が見つからず、仕方なしに部屋の整理整頓を
始めるも、探し物は見つからず、片付けているはずの部屋はより散らかり出す始末…。

まあ、そんな類の悔恨な懺悔の反省文でした。


君の未知なる宇宙の物語展以降、パルプにクレヨンなり、オイルパステルでの色つけが
表現としての相性が良いと考えて、実験及び、調べ物をしてみたのですが、クレヨン、
オイルパステルの特徴、特性である、固形油脂、蝋の柔らかさは塗るには良いが、
保存性の観点からすると、塗装面の色材が安定しない上に、固着させるための決定的な
方法が見当たらないので、いかんともしがたい状態なのですが、ではオイルパステルの
オイル抜き。つまり、パステルを用いてはどうかという仮定の過程で実験してみました。
パステルならばフキサチーフでなんとか出来るはずですから。

大学時代に買い込んだ画材群に確かあった筈だと、軽い気持ちで腐海探検を始めたの
でした…。

まあ、長い長い探検の物語はまた別の話として、パステルを使うのは問題無いようです。
パルプとの相性は良いですねえ。

まあ、ただ、こすって広げる際に、指が痛いのを何とかしないと。一旦、手製絵具を
塗った後のザリザリ具合は紙ヤスリのようです。紙などでこすると紙がボロボロですわ。


�歳�(仮)���������������������������������表�����並������������... on Twitpic

さくさくっと制作日記。-Write a diary pulp molding production quickly.-

お盆がマジかってぐらい間近になってますねえ。まあ、世界経済的に
ちょいとヤバげな雰囲気で、今年は何があっても不思議じゃないですねえ。

まあ、だからといって疑心暗鬼になったところで何にもなりませんけどね。

まあ、経済も色々な指針やデータで騒ぎになったりしますが、最終的というか、
暴落なり高騰する背景には「信用」っていうけっこう曖昧で感情的というか、
感覚的な事だったりしますよね。

現実がどうかではなくて、実感を伴うか否かが一番重要だったりしますよね。

信じられるかどうか。

そんな事が重要ってなんだか宗教じみてますねえ。


まあ、それは、置いておいて、制作日記です。


ã�¨ã��ã��ã��ã��ã��ä»�å¤�ã�¯ã��ã��ã�¾ã�§ã��ä¸�æ­³å±�ï¼�ä»®ï¼�ã�¤ã�¡ã�¼ã�¸ã��ã��ã��ã��ã��å¡�è£�ã��ã�ªã��ã�¨ã�ªã��... on Twitpic   ã�¨ã��ã��ã��ã��ã��ã��ã��ã�¾ã�§æ�¥ã��ã��ç·�ã�®è�¶è�²ã�¯ã��ã��ã�«è�²ã� ã�£ã��ã��ã��ã��ã��... on Twitpic

万歳展(仮)イメージを塗装作業。貼り作業。色のバランスがまだアレかな。
写真写りが悪いだけ。と思いたい。ちなみに左が使用前、右が使用後。


ã��ã��ã��ï¼�ã�½ã��ä½�ã��ã�� on Twitpic   æ�°è�²ã�®å®�é¨�ã��使ç�¨æ¸�ã�¿ã��ã��ã�«ã�¤ã�­ã�®ä¸­èº«ã��ã��å�ºæ�¥ã��ã��å��ä»�ã��ã�¦ã��ã�®å��ã��ã��ã��ã��ã�«è�²ã��ã� ã�¼ã��... on Twitpic

塗料の実験で以前、鉄さびで塗料を作ってみたのの延長で、
使用済みホッカイロで塗装してみた。
ホッカイロは鉄粉が化学反応で酸化する過程で発生する熱を利用している
というのを小耳に挟んでいたので意外と入手が大変な鉄さびを割合簡単に
入手出来ると思いきや、使い終わったホッカイロには何か非常に固い粒が
混ざっていて、乳鉢ではちょっと擦っても砕けない位に固い。
酸化していない鉄の粒だろうかねえ。

まあ、細かく砕くのは諦めてそのままボンドを混ぜて水を入れて塗装してみる。
左のウサギっぽい画像の目とか、万歳展(仮)のイメージの線描的な部分に
使用してみた。色としては面白いかもしれません。

まあ、今後も色材の実験は続けてゆきます。

日々此制作日記。-This is the usual production diary.-

制作日記を久々に書きます。最近は制作一辺倒で、ブログ更新やら、営業活動やらが
後回しになりがちです。

物理的にも精神的にもパッツンパッツンの一杯一杯で、届かないところには
手が届いていないといいますか。

雑事とかお出かけが億劫ですねえ。まあ、展示のスケジュール的には気が抜けない
タイミングなんで、正直、制作以外のことはすんごいどうでもよさげです。

こんなタイミングで会議とか話し合いなんてとてもじゃないけど時間の無駄にしか
思えなかったりします。

お盆前にメドをつけておかないと、デスマーチが聞こえてきますわ。

まあ、それでも心に花を、ボロは着てても心は錦的な感じで余裕を醸し出して
いられる存在に私はなりたい。

ま、そんな詮無い事なんてどうでもよいです。本題いきましょう。


以下、制作中画像。


�������������������������乾��������... on Twitpic

先日の「君の未知なる宇宙の物語展」でちっちゃいキャラ造形群をほぼ
使い切ってしまったのでその補充及び、万歳展(仮)向けのちびキャラ達を
作っております。で、それを元にポータブルシュラインこと御神輿的なものを
作りたいと思案しています。

�����歳��仮�������������������������������������������... on Twitpic�歳��仮��������������������表���������������乾���修正���... on Twitpic

万歳展(仮)のテーマイメージの平面的な立体。いや、立体風な平面かな?
まあ、ともかく、ちょっとした、ささやかな実験的な作品を制作中。
でも、まあ、自分の作品で実験的なアプローチでない作品の方が
少ないかな。常に作品は試作品。いいのか、わるいのか。


������������������������������������... on Twitpic
この画像だけちょっとアクセス数が多かったりするのは何でなんだろうなあ。

�歳��仮�������������微�����... on Twitpic�歳��仮�����B�������������������... on Twitpic

最初の方は割と違いが私の中で明確だったんですが、だんだんとあんまり
違いがなくなってきたような。


DSC_7345-BANZAI EXB IM
DSC_7345-BANZAI EXB IM posted by (C)かゆきゅう

で、本日現在はこんな感じ。

DSC_7348-BANZAI EXB IM
DSC_7348-BANZAI EXB IM posted by (C)かゆきゅう

カタチとしては出来上がったのであとは色をのせて、紙を貼って装飾していく
段階ですねえ。


最近の私の制作動向というか、考えているのは立体と平面の混在化というか、
別段、そんな二次元とか三次元という括りって割とどうでも良いものでは
ないのではないかと。

数年前に考えていた「現実をフィクションする」というのと割合近い感覚といいますか。

通常、空想というのは現実の上において成り立っていると考えられがちなのですが
もしかすると逆なのではないか、はたまた、区別がきっちりとつけられるほどの埒
というのは存在しないのではないかといった感じです。

人類というのは物事を区別、分類して科学技術なり、文化なりを発展させてきている
のですが、そもそもその区別というのは、扱うものの都合や主観に基づいて、思考
する際に考えやすい様にジャンル分け、ソートされているものではないかと。

ですから、人の決めたジャンルではなく、自分自身のチョイス、ソートによって
ものを考え、発想しやすいように思考を整理することは大事ではないかと考えるに
至ります。

そんなわけで、二次だ三次だのの区別を自分の中から除外というか、ちょっとお暇を
お願いしまして、色々とやってみようかと。



まあ、そんな事とはあまり関係ないかも知れませんが、先日、遅ればせながら、
イラスト系のコミュニティサイトpixivを主戦場としたキメこな、現代アート、
カオスラウンジ騒動のまとめサイトを閲覧したのですが、まあ、なんというか、
単純でいて複雑というか。

そもそもは二次創作とか同人ってのは著作権的にグレーゾーンといいますか。
一概にギリギリセーフとも言い切れない、完全にアウトとも決めつけられない、
非常に難しい矛盾を孕んでいるものです。

なんであれ、制作、創作に於いて他者の作品のイメージなどを借りる際には
一定の作法ってものがありますよね。礼儀なり、仁義ってものがあります。

その一切合切を無視して悪目立ちをしてもどうなのかと。

既存のものに対して「そんなもんくだらねーぜ」っていう手法はアートの中には
ある事は理解していますが、パンクロックな感じはあるのでしょうが、
どうしてもそれは美しく見えない、共感もできない。

つか、人の作品を物理的に蔑ろにする行為には好意は持てません。

人の作った料理をろくに味わおうとしないでゴミ箱に投げ入れるのと
同じぐらいに人として根本的な部分を欠いている気がしてなりません。

まあ、そんな、自分の主観で、あれは下らないとかいう駄文をこれ以上書いて
も何にもクリエイティブでないので止めましょう。


もうひとつ、今回の騒動でpixivというコミュニケーションサイトの運営側の
思惑がちょっと、垣間見えた気がします。

pixiv発のオリジナルなコンテンツ、ムーブメントを作りたいんだなあと。

現状、pixivの主流なのはアニメ、マンガ、ゲームなどのキャラクターを
モチーフにした創作物が大半です。こういったネタは人が良く集まりますが
あくまで二次創作。著作権的にかなり微妙なので、サイトのオリジナルのコンテンツ
とは言えない。

ちょっと違うかも知れないけどニコニコ動画とかYouTubeみたいな展開を期待
しているのではないかなあと。

いままでpixivは二次創作的なイラストをアップするサイトという認識を強く持って
いたのですが、オリジナルなイラストもアップしていっても問題無いのかなと、
思っている次第です。

まあ、運営がそう思っていても、閲覧している方々の思惑とはまた違うものなんですが。

えんぎもんず第弐集完成。



去年も制作を依頼されてつくったえんぎもんずの引き出物を今年も依頼されて制作。

数は少ないですが、微妙に進化しているつもりです。

前回は何をどんな感じに立体化しようか迷いに迷い、追い込まれたが故に、明らかに手数を
かけ過ぎてそれを60体というかなりしんどいものでした。

えんぎもの自体を自分自身、開運展を含め、それなりの数を作ってきたので自分の中で、
キャラ設定というかディテールをつかみかけているなと感じてます。

哲学の用語でいうところの「イデア」ですかねえ。馬と一言に言っても馬だって一頭一頭、
個体差があり、変わってる部分を擁しているのに、それであってもそれが馬だと分かる。
それを認識出来る普遍のイメージのことですね。

形としては現実に存在しないけどそれを作る事ができる。

存在として、頭の中のイメージが鮮明化して、ある種のリアリティをもってる。

そんな感じですかねえ。

まあ、しっかし、福犬がこなれてきて、自分自身は猫派なのですが、自画自賛ながら
かわいいよね。

鶴の造形も前は、まったくどうして良いやら分かんなかったけど、今回は方向性が
はっきりしている。

エビも同様。鯛もしかり。亀はデコレーションしまくってなんだかポケモンチックですわ。

もしかするとゲームのやり過ぎ、いわゆる一つのゲーム脳って奴かも知れません。

苦痛を乗り越えて歓喜に至る。Leading to psychological distress to overcome.

散歩がてら考えた…。



Residential areas where rice fields beyond.




精神的な問題かと思えば、単に体調が悪いだけだったり、体調が悪いのだと思ったら、精神的な
問題、ストレス性のものだった。

はたまた、精神的な都合だと考えていたら単に金銭的な問題だった。

人の好き嫌い、恋愛感情も思い返せば勘違いだったなんてこともあると言えばある。

人間は勘違いしてるというか、自分に都合の悪いことを自分にばれないように自分に嘘を付く。

案外、自分の本心ほど見えてこないものもないのかもしれません。

ま、主観ですけどね。



High-tension wire towers.




そもそもの発端が嘘であれ本当であれ、そんなんは詮無いこと。

本当に重要なのは思い込める事、信じられること。それを曲げないこと。

そう決断できる事は大事だし、大切だし、それはとても貴重な財産であるはず。


Tower overlooking.





パルプというのは弱い素材なのかもしれません。でも、弱いからこそ出来ることはあるはずです。

自分の中で、たかがパルプだと、取るに足らない素材だと、ネガティブに考えてしまう自分が
いることを否定はしません。

しかし、本当に弱いのは自分自身でもあるのではないかと。パルプがダメだと思うのは、自分が
ダメだから。

徹し切れていないから。覚悟が足りないから。弱いと思える現状を甘んじて受けて、それを
スケープゴートにして逃げている。素材が弱いんじゃない、自分の心が弱いだけなんだと。



Tomei Expressway under the flyover.



いつぞやの自分とあんまし変わってないなあ。

以前に、代参加したGEISAIで開催中なのに観てる人そっちのけで下らない自問自答を
したなあと思い出してみる。


自己の不甲斐なさを悩むと言うことは、自分がその程度ではないと信じているから悩むんだよねえ。
自分を信じてるんだからそれはひとつの自信だよなあ。
なんだ、ちゃんと自信もってんじゃん。


そんな結論がふと出てきて、ケロッとしてましたが。



ま、何かをしようとするといろんな事を考えるものです。


さて、ここ最近のモヤモヤもこれでスッキリしたので、明日から、正確には今日から
インスピレーションで、スピード感を大事に、あげて参りましょうかねえ。



Mark MARUHACI and bud swell


箱をつくろう。作品を入れよう。Make the box. Put to work.

顔の見えるコミュニケーション。という言い方があるよね。

飾らない、正直な、分かり易い、安心出来る。

作る側の人間ってのはさ、結構シャイだし、人前に立つなんてことは極力避けたい、
自分の写真を撮りたくない。鏡で自分もあまり見たくない。

初めて自分の声を録音とかして聞いて、その変な声にびっくりして、その後、聞いた事がない。

などなど、

そもそもさ、普通のコミュニケーションが普通にできる人間がわざわざ作品で語ろうと
するということは少ないかなあ。

まあ、自意識過剰なのは否定しないけど、人生のいろんなシーンで数々の失敗とかトラウマを
経験してくるとさ、他人は全く気にしていない事がとても恥ずかしい、場合によっては恐怖し、
そういう場面に遭遇しようならば脱兎の如く駆けて回避…。

ってことがクリエーターとか、作家とか職人というジャンルの人には多いと思うんです。(自分含む)

わざわざブログとかTwitterとかFacebookで本名、正確には平仮名なのでペンネームとも
言えなくもないですが、顔でも晒した方がよいのかなあとも最近は考えたりもするのですが、

下手にネットの匿名社会を知ってるだけに怖いという思いは捨てきれないかもな。

と、いってもまあ、愚行だけど…。いや、まだ行動はしてないから愚考だけどね。


以下、制作日誌。










立体の作品はちゃんと箱まで作れたら一人前。というのを学生時代の遠い記憶で聞いたような
感じがあるのだけれども。

まあ、日常使用なインテリア、イスとか机とかは、別段、さほど必要で無いような気がしますが、
といっても、運搬用の梱包は必要だけど。

置物、特に季節性の高いものは箱がないと取り回しが不便じゃないかと思います。


ですから、オブジェな作品は箱もあってこそきちんとした完成品なのかもしんないです。

あれですよ、マニアは箱をきっちりととっておくし、それどころか未開封にしたりするよね。

絵画、特に洋画だと額装って重要ですよね。歴史ある重厚な絵画は立派な額装も含めて
作品としての威厳がでますし。


だから箱って大事じゃないかな。などと最近は考えてます。

いや、すいません、嘘です。ついさっき、ひらめきました。



どうしても、若いクリエーターってのは数作ろうとして、箱なんかは後回しにするきらいがあります。

ええ、ぶっちゃけていいますと昔の、いや、割と最近、昨日までの私です。



そいや、院生の時に細々とした作品を運ぶ箱を既製品というか、使用済みの段ボールを
利用してたんですが、

それは一手間かけて、段ボール箱を一回たたんで、接着されている箇所を一旦
はがして一枚のペラな段ボールに戻し、

今度は表裏をひっくり返してまっさらな感じの段ボール箱みたいにして、その裏だった
表面にマジックで落書きみたいに内容物をなぐり描きしたんですが、

どなたでしたか、忘却の彼方ですが、「あれいいですね」と言ってくださいまして…。



と、上記のようなエピソードを思い出してみました。回想シーン終了。


きたる3月のGEISAI#15では作品は梱包して宅配便で搬入予定なのであまり分量を多く
できないので、

極力、荷物は減らしたい。そこいらを上手く圧縮するための、箱なのですよ。

できれば、箱をきっちり塗装とかしたいけど、まあ、どうなるやら。

ああ、そうだ、パルプの鞄も新しく作りたいなあ。使い勝手の良いのを。

とかく、テンションをあげていかないとなあ。

風邪なんかズルズルと引いてるばやいじゃないな。

師走は走るな。注意一秒、怪我で寝正月。-December, you had better not run-

切羽詰まりやすい時期ですねえ。物理的にも、精神的にも。
特に、精神的に追い込まれやすい時期ではないかと。
周囲の幸せな雰囲気と自分の現状を重ねて、ふと、魔が差しやすいのは事実でしょうねえ。
くれぐれも、駅のホームの黄色い点字ブロックの先の白線の更に内側に立たないように
しないとねえ。

ニュースを観すぎるのも考え物です。疲れた拍子にその心の隙間にすっと絶望が入り込んで、
憑きものに憑かれたようになって」しまいますよ。

さて、

展示からはや幾星霜…。と、いうほどの物理的な時間は経過してませんけど。
まあ、体感的にはもう随分と過去の事に思えます。
片付けたいことも多々ありますが、片付かない現状。停滞と怠惰。脾肉を当座の華としつつ。
自身の自信を信じ続ける。というのもなかなかどうして。
計画性に乏しい人間なもので、でも、それではいかんだろうと猛省しつつ、気がついたら元の
木阿弥。

人間なんてそうそう簡単に変われない。

だからといって諦めてはそれこそ、灰燼に帰す、諸行無情。「なさけない」と書いて「無情」。
30分一本勝負から決着付かずの時間無制限デスマッチですから、とかく、持続力がものを
いいます。いいますが、ここぞという潮時に一気呵成な攻めに転じなければ勝機はやって
きません。

目的地を決めたら、先が渋滞であろうが、最短距離を焦らず進むべきなんでしょう。
ろくに詳しくない裏道を駆使するのはあまり関心はしない。裏道は所詮、裏の道でしかない
ですから。と、抽象的な精神論でお茶を濁しても仕方ないですねえ。

いま作っているのは新年の干支であるウサギのえんぎモンの「見上げウサギ」と、新しい技法を
実験しつつ作ってるつくし系照明の後継の「B型照明」です。


Look up labbit's (MIAGE-USAGI)
Look up labbit's (MIAGE-USAGI) posted by (C)かゆきゅう
 Look up labbit's (MIAGE-USAGI)
Look up labbit's (MIAGE-USAGI) posted by (C)かゆきゅう
B-type lamp
B-type lamp posted by (C)かゆきゅう
B-type lamp
 B-type lamp posted by (C)かゆきゅう

もちろん、これ以外にも、作っているものもありますが、まあ、それは追々ということで。
あと、作品ではないですが、こんなものを作って遊んでました。いやあ、言葉遊びってホント、楽しいですねえ。

あなたを文具に例えったー(日替わり)

さがしものみつけった~

変に写真がモヤってるのはワイドコンバーター+単焦点レンズのせいですのであまり気に
なさらずに。

今はこのスタイルがマイムーブメントですねえ。やっぱデジイチはこういう遊びができるのが
良いです。

接写リングで虫を撮りまくったり、外付けフラッシュを焚きまくってバウンスさせたり。
写真は奥が深すぎです。底が見えない。

さて、オチらしいオチがつかないグダグダ感を醸しつつ、しからばこれにて、ゴロンさせて頂きます。

作品を置かせて頂きました。I was allowed to put the works in the gallery.

常滑のやきもの散歩道にありますアトリエキューノさんに開運展で出展した作品を
展示販売させて頂くことになりました。http://atquno.exblog.jp/11561531/

大幅に手直ししたものもそうでないものもありますが、ぜひともご覧になり、よろしければ
お買い上げ頂くと、とても助かります。

このやきもの散歩道は観光スポットでして、映画20世紀少年のロケ地であったり、
旧土管工場などのいい感じの古い建物が一杯あります。その建物の幾つかはギャラリー
やショップになっていたりします。アトリエキューノさんもそういう建物のひとつに
なっております。

常滑という招き猫の有名な土地柄、えんぎモンも招き猫を中心にセレクトして、
福犬も3匹ほど展示しています。一番大型の手長招き猫はデコレーションをしすぎても
はや別物になってます。(下画像一番左)

これまでは千代紙を貼る事を主にしてきましたが、6月に作りました
結婚式の引出物を作った際に松竹梅のモチーフを沢山作ってデコレーションに使用
したのですが、それの予備を殆ど使って決めてみました。

こういう立体をデコレーションするのも面白いですねえ。


Engimon-zoo in アトリエキューノ
Engimon-zoo in アトリエキューノ posted by (C)かゆきゅう


ねこねこまわし-I turn Kitten-

招き猫には人を招く左招きとお金を招く右招き、そしてその両方を招く両招きが
ありますが、この両招きをちがったアプローチで出来ないかと考えたらこうなった。


ねこねこまわし posted by (C)かゆきゅう

なんだろうヤヌス的な二重人格になってしまって、招き猫らしからぬ
シニカルさを感じるなあ。あと。横回転じゃなくて縦回転てのが砂時計
をセットするみたいでおもしろいかなあ。

ガチャ企画の制作中。Capsuls during the making of planning.

がちゃシリーズ
がちゃシリーズ posted by (C)かゆきゅう

展示企画のひとつ、がちゃがちゃのプライズ。約30種類を予定。ダブり無し。
というかすべて一点もの。
パルプ作品は一定の大きさ、丁度いいスケールがないと効率的に制作がしにくい。
よってカプセルには入らないのでカプセルに番号札的なものを入れる予定。
全長12〜15センチ程度。

※予定は予定であり諸般の事情により変更の可能性があります。


-展示情報詳細-

ライブマーケット'09 ブースコンテストグランプリ受賞展「開運」
〜パルプ造形の過去と未来の交差点〜

11月3日(祝)〜8日(月)まで。
11時〜20時開場。最終日は17 時まで。

ナディアパーク・デザインギャラリー
名古屋市中区3-18-1デザインセンタービル4F

追い迫ってくる開催の足音がきこえる。Hold hear footsteps coming up chase.

テレビにパルプを盛ってみた。

クラシカルな足付き型をイメージし、観音開き式の扉兼、顔も付いてる。
けど、展示じゃ常にフルオープンだから、気が付かれない可能性も大。

長時間の使用を考慮して背面の廃熱用の穴は一切埋めずに目立たないように
留めている。前面のチャンネル切り替えスイッチ、入力ビデオ端子もカバーを
開けば使用可能になっている。


テレビにパルプ盛っちゃいました。
テレビにパルプ盛っちゃいました。 posted by (C)かゆきゅう


シート上のカワラバ
シート上のカワラバ posted by (C)かゆきゅう

ウチの敷地にカワラバッタが。川原から遠くはないが、近くでもないけど。

パイプ中のカワズさん
パイプ中のカワズさん posted by (C)かゆきゅう

カワズさんはいろんなトコロに入り込むので大変です。
しっかし、蛙ってすごいよねえ。泳げるし、跳べるし、険しい、垂直な壁でも
登ってしまうという脅威の走破性は簡単に値する。もっと評価されるべき。

可能と限界の廻間。Possible between the limits.

開運展まであと2週間ということで、じゅうんtyぽ@う、いや、十兆、やれやれ、

気を取り直して。順調にテンパッてます。はい、三回以上タイプミスってます。

まあ、急いては事を為損じると申しますし。安全と健康を第一に、その次に展示
クオリティーを大事にする所存です。ドラクエでいう所の「いのちだいじに」ですね。
なにせボス戦ですから。ひとつでも構成要素が欠落すると、パーティの仲間が1人でも
倒れてしまえば即全滅しかねないですからねえ。

ここでギックリが発動しても、風邪でダウンでも致命傷です。

だいじょばないかもしれないけど。だいじょうぶと言える余裕と自信のもてる冷静さは
持って痛いです。いや持ってたいです。


えび(フライタイプ)
えび(フライタイプ) posted by (C)かゆきゅう

えびってのは腰が曲がってて、ひげが生えてるみたいだから長寿の象徴で、おせち料理とか
おめでたい料理に欠かせないもの。すなわち縁起物です。

えびのキャラ化は前シリーズでやったので、ある程度慣れている素材ではありますが、
ここいらで変わり種ができないかなあと思い、ふとした思いつきで、ふと魔が差して、
エビフライにしてみました。

色合い的に黄色と赤でうまくまとまった気がします。有頭のエビフライって余り見ない
ですけど。衣でモッコリしてて、なんか羊みたいでカワイインジャネ?と思います。
それに名古屋と言えばエビフライ、いや、エビフリャーでしょう。

しっかし、考えてみると、このキャラって一種のアンデットだよなあ。モンスター的な
分類でいくとミイラとかマミーと一緒。


がやがやがや
がやがやがや posted by (C)かゆきゅう

塗装中の作品群。魚型のが三体いますが2体は鯛で1体は金魚のつもりです。
たぬきの着色のコツが見えてきて、白色をベースに焦げ茶を混ぜて行ってどんどん
濃くしていくと濃さのバランスが取りやすいようです。


うさねここがね
うさねここがね posted by (C)かゆきゅう

端に映ってるエネループは単三型ですので大体のサイズがわかるでしょうか。

まねきこがね(フライタイプ)
まねきこがね(フライタイプ) posted by (C)かゆきゅう

こっちのフライは揚げる。じゃなくて、飛ぶ方のフライです。ちょっとでも
飛んでる感を出そうとしたら自立しない。台座でも付けるか。


てなわけで、制作はまだまだ始まったばかり。まだまだ続きます。次回更新も
お楽しみください。

と、なんか微妙に討ち入りマンガ、もとい、打ち切りマンガの最終回っぽく締めて
終了です。

パルプ造形とカレーライスの類似点 -Pulp molding similarities and curry-

本日の制作中ダイジェスト。何か木村が多い、じゃなくて気ムラが多いので、盛り作業で調子が出る日と、塗り作業で調子が出る日と、貼り作業がスムーズにいく日がてんでバラバラで参るなあ。


ねこねこたぬうさ
ねこねこたぬうさ posted by (C)かゆきゅう

ねこたぬ
ねこたぬ posted by (C)かゆきゅう

紅い猛牛
紅い猛牛 posted by (C)かゆきゅう

えびたいたいきん
えびたいたいきん posted by (C)かゆきゅう

オレンヂのたぬき
オレンヂのたぬき posted by (C)かゆきゅう

まねきこがねラージ
まねきこがねラージ posted by (C)かゆきゅう

作品を作れば作るほどアイデアが出てくるのである意味怖いなあ。というか制作途中の作品ばかり増えて部屋の中がどんどんメモリ不足のPCの如くパフォーマンスが低下していかん。乾燥室がムービートラップだらけで発狂しそう。

まあ、どうしても完成と未完成の間が曖昧だから、区切りが付けにくい。手数をかける事は作る人間にとってある種の自身の作品に対する安心、自分自身に対する説得力みたいなトコロがあるから手数を押さえるのって割と勇気がいるものです。でも、その作品の最適な手数というものがあるからそれをオーバーすると意味がないし、一つ一つの密度を上げるとどんどん完成が遠のくし、飽き症なので、一定期間を過ぎると作品が冬眠してしまってそこで成長が止まったりする。

つまりはあれだ、自分でカレーを作る時と似ているかもしれない。カレーに関する様々なコツ、隠し味ってのは沢山ありますが、それらを駆使しすぎるとカレーの味は混沌としてきて、何をどう調整すればいいか分からなくなるし、大概くどい味になる。材料も余計な分が無駄になる。作るカレーのテイストを決めておかないと上手いカレーは出来ない訳です。

第二次まねきこがねマイブーム到来。 My second boom Maneki-Kogane.

本日の制作中ダイジェスト。

いろぬりちゅう
いろぬりちゅう posted by (C)かゆきゅう

制作中のえんぎモンズ
制作中のえんぎモンズ posted by (C)かゆきゅう

屋根の上のマネキコガネ的な図
屋根の上のマネキコガネ的な図 posted by (C)かゆきゅう

いい色イエロー
いい色イエロー posted by (C)かゆきゅう

いつものNikon D60 で単焦点レンズにワイドコンバータを付けてみたらどうもちょっと変わった効果が出るみたい。絵が柔らかくなるというか光が乱反射してる?

話は変わって。招き猫がなぜ陶器なのかというのとあのスタイルなのかという話をどっかでしたような気がしますが、量産性、型抜きのしやすさからあのカタチである訳です。

その造形手法だからこそ出来上がるデザインがあるのです。現在、パルプ造形も型を使った制作法はいくつかの作品で採用し、実験してはいるのですが、 いろいろと課題がありまして。今はパルプの乾燥と盛りを繰り返していく原始的な手法に先祖帰りしているのと。発泡スチロールなどの芯材にパルプを盛る手法のツートップ体制を採用してます。

まあ、スチロール芯材の造形は型による手法、「発泡ロストワックス」の原型を溶かして型を作る工程を省略して、そのまま造形物として完成させている ものです。内型はどうしてもパルプ造形の風合いを損ないがちで、乾燥に要する時間がかかってしまうのでだったら、芯材を削る手間があるものの、外側に盛っている分乾燥の早いスチロール芯材の方が割とやり易かったりします。まあ、ゆくゆくは外型による造形方法の開発をしたいと思っておりますが。

で、芯材による造形方法と「まねきこがね」の相性が非常に良いんですね。ああ、まねきこがねとはこのブログの書いてる人欄のアイコンのコガネムシのキャラクターの事です。去年、精力的に作っていた「むしのくに」シリーズのコガネムシをさらにアレンジして、ダルマとか招き猫的な縁起物を作り出そうという一連の流れで誕生しました。

 招き猫をパルプで作るのはそれはそれとして面白いのですが、どうも相性が良いとは言えない。作れなくないけど、現状では、一体一体作り込むというよりは、数を作りたい状況でして。どうにも一発でビシッとカタチが決まらず、何度か手直しで盛ってしまって完成が遅い。

これが、まねきこがねだとバシバシとカタチが決まる。迷わない。 それどころか派生したカタチのイメージも湧く。しっくりきてる、ギアがしっかりと噛み合ってるような手応え。

まあ、作りやすいものが良いものか良いものかどうかという疑問も無いではないけど。

パルプ造形で有る事の意味。I have meaning in pulp molding.

パルプ素材ってのは紙の原料。紙というのは、ご存知の通り、何かを書く、描く為の支持体。パソコンで例えるのなら記録メディアです。要は物を入れて運ぶ器の様な物です。この意味においては段ボールなどの梱包材も同様です。あくまで本体を固定、保護する為の存在、つまり、主役ではなく脇役です。主従関係でいけば従です。

これは、パルプという素材が、他に使い道がないという事では有りません。主な用途として広く使われているという事です。他の用途、可能性がないと言う訳ではありません。

他方、情報メディアとしての役割りの終った紙はリサイクルされていますが、金属等の素材と異なり、何度も同じ用途のものにリサイクルはできません。紙はリサイクルする度にパルプの繊維が細かくなり、確実に劣化していきます。ですから、再生紙から再生紙を作るとその再生紙は元々の再生紙より劣化します。

それに、リサイクルすると水を汚しますし、エネルギーコストと二酸化炭素が発生します。ですから、単に素材を再利用することに有意義な意味はありません。リサイクルしても次の有効な用途がなければ意味が有りません。

そこで、造形の素材としての可能性を探し、実験し、実践している訳です。「ただの紙切れ」というと価値のない物の代名詞ですが、その紙切れから新しく価値を作り出したいと考えます。まあある種の錬金術ですかねえ。価値のない物から価値の有る物を作るのですから。紙の錬金術師。うーん、弱そう。でも、弱いと言う事は見方を変えれば強さがあるということではあります。

そういうパルプ素材を元とした作品が有るという事をもっと伝えて行きたいですねえ。パルプ造形自体が社会に認知されないとそれを作っている自分自信も非常に厳しいものがあります。

開運は1日にして成らず、開運であろうとする姿勢こそが開運である。

人間、どの様な、作業、仕事、行動をする場合においてモチベーションというのは非常に重要かつ、その行為を行う上でなくてはならない。

やる気さえあれば、どんなに困難を伴う事も成し遂げられるが、逆にやる気が無かったら数センチ先にあるボタンをただ押す事すら至極面倒で、嫌悪すら覚える。まあ、その嫌悪ってのは大概、そんなものぐさな自分に対する自己嫌悪であったりします。

自己嫌悪してしまうと自然と自信を失います。何でこんな簡単な事も出来ない自分という図ができてしまいますから。そんな自分は信用できなくて当然です。自信喪失。

そういう些細なことが一つだけならさほど取るに足らない事なんですが、立て続けにそういう、やろうと思ったけど出来なかった事が発生するとそれはそれは重篤な問題となります。出来なかったという悔いばかり積み重なってもう頭が後ろ向きにしか回りません。

ですから、出来る事、やりたい事を滞り無く出来る様に自分の環境を整えたり、タイミングを観て準備したりして、うまく事を運ぶ方法を常々考えるのは人生を前向きに、幸福に生きる為に必要なすべなんではないでしょうか。

すなわちそれが、それこそがつまり、「開運」という事なんじゃないでしょうかねえ。

上手く事が進まないのなら、そこで原因を考える、やり方を変える至極当然ではありますがそういう手間を惜しんで不平不満を吐き出すだけでは何も起こりません「閉滞」ですねえ。

一時が万事で、一万歩に至る為の一歩。開運は一日にして成らず。開運とはスタートであり、ゴールまでの途上であり、開運は状態ではなく、開運であろうとする努力こそが開運なのかも知れない。

ん、なんかモチベーションについて考えていたのに「開運」につながるとはねえ。

以下、開運展進捗状況。

照明キャラ「つっくん」
照明キャラ「つっくん」 posted by (C)かゆきゅう

以前に制作途中で画像を公開してたと思います。つくし型照明のつっくんです。じつはこの作品作り始めて5年以上経過してます。大まかなカタチまでは出来ていたのですが、確かその時の用途は植木鉢の予定だった気がします。確か、デザインギャラリーの前回の展示の際、主力展示品だったつくし照明の笠部分に蔓植物を巻き付かせてみたいみたいな事をどなたか言ってて、展示が終了してしばらくしてから作り始めたハズ。まあ、ウチには何かになる筈のパルプの造形物がゴロゴロしてるからこういう、長い冬眠の後に完成する作品も今後多々あるかもしれない。


桃色招猫
桃色招猫 posted by (C)かゆきゅう

以前塗装前の状態の画像をアップロードしてた目をつぶってる招き猫。ふと、ピンク色に塗ってみた。水性ペンキに卵殻Caを混ぜて、ザラザラ感出してますが、ペンキがツヤありなのがちょっとアレかな。ツヤなしの方が質感的に好み。
 リアルにピンク色の猫なんていませんが、これ考えようによっては毛が無くて皮膚が丸出しの猫とも見ようによっては見えるのでは…。そう考えるとちょっとキモい。でも、毛がないのなら猫ってガリガリ体形だから違うよね、うん、違う。しっかし、この猫写真写りいいなあ。

ねころまねきねこ
ねころまねきねこ posted by (C)かゆきゅう

これも塗装前の画像で見せましたが寝転がってる招き猫。 ですので説明は割愛いたします。クリーム色と耳、目にオレンジ色という組み合わせはいいなあ。

制作制作制作制作中。-Work work work at working-

「制作」の「制」の字の元々の意味は枝とつけた木を刀で断ち切る事だそうで。ただ、作るのではなく、捨取選択して、制御して作る、考えて作るという事。つまりはプロの仕事という事ですかねえ。そう考えると気安く、制作なんて言葉を使えない気もしますが、まあ、そこら辺は「リベンジ」とかの言葉と一緒で、あまりに気軽に使われ過ぎて言葉の価値が落ちてるのかもしれないですねえ。

信楽のたぬき村で探してきた一体。目力があるなあ。やっぱ。かわいい顔をしてますが、たぬきの置物に不可欠はアレはちゃんと付いてます。

まねきこがね
まねきこがね posted by (C)かゆきゅう


去年のメインテーマというかモチーフだった虫シリーズとえんぎモンをつなぐものだったりします。アイデア自体は今年の1月にはあって、これの前段階の試作モデルが、というよりも塗装などの仕上げがしっくりと決まらずそのまま半年以上経ってたりする。あそうそう、ツイッターのアイコンはこのマネキコガネだったりします。まあ、そういう意味では開運展のテーマの元になったもので、意外に重要な意味を持ってるアイデアなのかもしれない。


招き猫制作中
招き猫制作中 posted by (C)かゆきゅう


ええ加減、オーソドックスなスタイルの招き猫の型から脱しつつあってくずし的な感じでアレンジが入ってきてます。ええ、すいません、飽き症なもので。本来、招き猫が首に巻いているのは首輪、というよりも紐状の布を巻いてるようで、招き猫の後を見るとちゃんと結び目がデザインされています。

この結び目を前に持ってきても良いのではないかと実験。なんかスカーフでも巻いてるみたいでよい感じです。で、これはスカーフではなくて、風呂敷という設定にしようかなあと画策中。柄は風呂敷といえばこの柄しかないでしょうねえ。もちろん唐草模様。どうも、唐草模様の風呂敷は泥棒、空き巣を連想しがちでイマイチ悪いイメージが付いていますが、元々は縁起の良いとされている柄で、だからこそ、どこの家にも唐草模様の風呂敷があって、そのどこの家にもある風呂敷を使って、盗んだ物を包んで持ち去ったのが泥棒だったらしいですねえ。まあ、ですから、招き猫の中にも唐草模様をあしらったものがあったりしてなんだか直感的に「泥棒猫」という昼メロで出てきそうな言葉が思い浮かんだりしてしまいますが、本来は縁起物なんですよ。