めきめきと芽吹き目覚め春めくリズムのマーチ。Conspicuously and budding of spring awakening march rhythm.




Japanese Dandelion and Honeybee.
Japanese Dandelion and Honeybee. posted by (C)かゆきゅう

Estimated Star Magnolia.
Estimated Star Magnolia. posted by (C)かゆきゅう

Fishing Pond and spring sunshine and shade.
Fishing Pond and spring sunshine and shade. posted by (C)かゆきゅう

Horsetail full.
Horsetail full. posted by (C)かゆきゅう

The slope of the spring weather.
The slope of the spring weather. posted by (C)かゆきゅう

Cherry blossoms bloom in October as well. Photos of them at the end of March
Cherry blossoms bloom in October as well. Photos of them at the end of March posted by (C)かゆきゅう

日曜日に志段味スポーツセンター辺りを散歩。

もう春だねえ。

タンポポはフランス語で「ライオンの歯」というのは去年辺りにネタにしたかと思いますが、

つくしの英名は「ホーステイル」。馬のしっぽだそうですなあ。

まあ、しかし、そこいら中にライオンの歯とか馬のしっぽが転がってるって、どんなサファリパーク
なんだろうなあ。

志段味は在来種のタンポポが結構多いねえ。さすが名古屋のチベット。
やっぱ、タンポポは外来種よりも、在来種の方がかわいらしくていいねえ。

まあ、あとは動物ネタじゃないけどシデコブシって英名はスターマグノリアちゅうらしいねえ。
マグノリアってのは西洋ではよく見る植物の名前っぽいそうですけど。

シデコブシってここいらだと普通に植わってるけど、基本的に東海三県辺りにしかないそうな。
身近すぎてそんな貴重な植物とは思わんかった。


桜も東京の標準木の靖国神社の桜が咲いたそうで。ソメイヨシノなんだよね。

写真のは残念ながら、桜は桜でもジュウガツザクラという種類の桜。
名前からして春秋年2回花が咲く桜なんだろうねえ。


そいや、桜はバラ科だそうで。綺麗な薔薇には棘があると言うけども、

綺麗な桜には棘がないんだねえ。くくりとしてはバラに近いんだけど。

まあ、世の中、原則と例外は付き物という事で。


さて、絵を描くのに地味に時間掛かりすぎで、ここいらがお時間となりました。
この程度のレベルのものは1時間ぐらいで描けないかなあ。

まだまだ、修行が足りないなあ。

腰砕けて懺悔あり。Ye all regret the hurt from the waist.


幸福は一日にして成らず。

壊すはたやすい、しかし、作り上げるのは年月を要する。

失ってこそ人はその大切さを、有り難さを、思い、悔いる。

失う痛みを知ってこそ、真の価値を知る。


しかし、残念ながら人間とは忘れる事のできる存在である。

そして、何度も何度も、何度であろうと、同じ後悔をするのである。

愚かな人間は過ちを繰り返す。

メビウスの輪の中でひたすら後悔を繰り返す。


聡明な人間は失敗を生きる糧とする。

その因果の鎖を、新たな可能性によって引きちぎる。

その希望を胸に刻む。その希望までに積み重ねた後悔によって強く。



そして、いつの日にか、腰痛を克服するのである。



はい、仰々しい言葉で語りまくっていましたが、腰痛の話です。

まあ、しかし、一日、というよりも一瞬で壊した健康というのは
なかなかすぐには治りません。

注意一秒、怪我一生なんて上手い事を言ったものですわ。


まあ、しかし、無理しないつもりでも、身体というのはとっさに動いてしまうものですわ。

そのとっさが悪魔の瞬間なんですよね。


平生、差し障りのない身体能力といえど、イレギュラーな事態の時に

思わぬ負荷が掛かって、身体バランスのキャパを容易に越えるんですね。


健康というのも、非常時への備えの基本ですよね。


通常なら簡単にケアできるものが、非常時になるとなかなか容易にできない。

それどころか、その不備が致命傷につながる事も充分に考えられます。

ですから、備蓄をすることだけが、防災への備えではありません。


生きている以上、身体は必ず自分にくっついてるものです。

ものをなくす事はよくありますが、身体をなくすなんてことはあまりないでしょう。

身につけた健康と知識は非常時においても、とても大切です。


うーん、腰痛が防災の話に繋がるとは意外だなあ。

ま、ともかく、早う腰を治して、身体を鍛えないとなあ。

まず普通に戻るのが大事だねえ。

まあ、おとなしく、横になってます。


横になってプラチナでもやってよう。

ムックルかわいいよね。


三歩進んで二歩下がる。-Three steps forward two steps back from.-


一日休んだら、ペンタブの操作能力が下がってるような気が。

というか何だろう。やはり腰のせいなのかねえ。身体中心軸がしっかりと安定しないと

手の先の操作もぶれるというのもあり得るか。

しっかし、画力の安定が…。

つか、どこを持って普通とするのかまだ決まってもいないけどなあ。

なんかこの招きコガネ、なんだか微妙にリアルタイプな感じでちょっときもい。

投稿のテーマ的には昨日のと逆が良かったかも。


雑談をします。


日本放送協会の朝ドラもボチボチ終わるけど今期は結局、ほぼ盛り上がらなかったな。

やっぱ、ゲゲゲの女房の大成功の前には思いっきりかすんで見えるね。

ゲ女の上手いのは、一見、実話と見せかけて、色々と脚色して昔のあるあるネタを、
懐かしさをいろんな所に組み込んで、エンターテイメントとしてかっちり作られているから
面白いよね。いろんな層の視聴者も上手く取り込んでる。

てっぱんは…もうなんだろうね、現代が舞台なんだけどイマイチ世相が反映されていないし、
登場人物が全員いい人ばかりで没個性的なんだよね。

一人ぐらいどうにもならないろくでなしがいても良いと思うんだけど。

この物語はシビアな人間関係を含んでいるのに全く活きていないよね。

なんでみんな、嫉妬という感情を持ってないんだろう。虚勢されてるみたいで
すごく気持ち悪い。それともそれほど人を好きじゃないのかな。

頭で分かっていてもどうにもならない感情ってあると思う。

血のつながりのない家族の関係ってものすごくバランスが危ういかと。

よそよそしくもしていられないけど、仲良くなりすぎるのもそれはそれで嫉妬を覚える
んじゃないのかな。

血のつながらない娘をかわいがりすぎる旦那を冷静に観られる嫁ってこの世に
存在するのかな。

旦那なんかどうでもいいみたく冷めてる関係にも見えない。

後光の差すぐらいの聖人にも見えないし、人間くさい感情も見受けられない。

個人的に、尾道のおかんが悪役になれば上手くドラマチックに展開できたんじゃないかな。

大阪に出た動機も鮮明化するし、終盤に和解する様に持っていくと、きれいにまとまった
気がする。

そういう、使えそうな設定を潰してしまって、ヒロインのドラマ性が出てこない。それを
周りのキャラがわざとらしくヒロインを引き立てようとするイベントばかりで、
各々キャラが魅力的に描けない。どんどん、微妙な空気のドラマが展開してく。

なんでこんなに人間の負の感情に背を向けたドラマにしたんだろうねえ。

まあ、オープニングから失敗してるような気がしないでもないか。

地味すぎだよなアレ。パンピーが踊る映像というのも何か安直な希ガス。

まあ、いいや。

ネタとして楽しみに観てたけど、もうちょいと飽きた。

歳月と言う重荷を背負いて。-Stacked time very heavy.-

残り10分にすべてを書ける?


あさ。木曜日の朝。小冬日和な肌寒い朝。週の半ばを越えて折返しを過ぎた頃。


電車の中はとても疲れた顔ばかりな気がした。




昼。曇りがちでちょっと温もり寂しい横風が吹きすさぶ。


そんな昼、伝説の魔法のスイーツを求める小一時間の未知なる領域への冒険。


中村日赤まで。RPGではお約束。お使いクエスト遂行し完遂。




夕。自分の中の悪い部分。ある種の暗黒面である。自分との戦い。


自分の身体とのせめぎ合いのバトル。


自分の中の腰の爆弾との質疑応答。


腰痛との熾烈な闘い。


ギックリというダークサイドに落ちそうになる。ギリギリで回避。


自分の中では劇的なドラマチックな展開。人には絶対に分からない。


君の知らない私だけの物語。




夜。帰りの電車は割と元気だ。終わるという事も一種の幸福なのだろう。


人間とは現金なものだ。


駅のホームから改札口へと吸い込まれていくエスカレーターの人の列。


なぜか、なぜだろうか。


大道芸でよくあるエスカレーターのパントマイムみたいだと思う。


本当が嘘で、嘘が本当に見えることもある。




晩。神領の改札付近の構内の照明は若干緑がかっていて、なんだか異次元世界。


気味が悪い。気持ち悪い。


歩き煙草よりも走り煙草の方がタチが悪い。


前の歩行者は追い越せばよいただの悪夢のようなもの。


走り去っていく2輪の軽車両のまき散らす煙は避けようのない現実。


マナーの悪い、手癖の悪いスモーカーは死ねばいい。


全ての人ははいつか死ぬのだけれども。でも、なるべく早くして欲しい。


はい、無理でした。10分で終わらなかったので。この似非ポエムは終了。

いつも通り、ダラダラ書きます。

しかし、いかんなあ、後半がやけにネガティブだわ。

人間ってこういう所でお里が知れるよね。


神領って良い駅だよ。普通しか停まらないけど。車両整備場あるし、
駅前に交番もできるし。

ちょっと古びた良い感じの書店に、ローソンもあるよ…。


フォローになってないかな申し訳ない。


世の中にはいろんなものがいろんな値段で売られているよね。

デパ地下でも500円以下の弁当があるし、地下街に6~800円の
サンドウィッチもある。

1個600円のプリンとか、ファーストフードっぽいのにトッピングとかすると

1000円以上するカレーとか。

最近は何でもかんでも「安ければ正義だ」みたいな風潮があるけどさ。

あまりにタイトな余裕のない価格設定の商売って、ものすごい辛いよね。

もう削れるとこないから働かされてる人の待遇を削ってるのが大半でしょうに。

無理矢理な値段は大概どっかの立場の弱い部分への負担を強いる。

儲けてはいけないのかな。そんなお金は汚いんでしょうか。
卑しいのかな。不潔かな。

ブルジョアは全て悪。というのも随分と酷いステレオタイプな気がしますけど。

儲けるだけ儲ければよいのではないかとも思います。そんで余裕を持っていて、

ここぞという時に、必要なところに、適正に使われるのなら
問題はないんじゃないかな。

例えば災害時の義援金とかさ。

ない袖なんて振れないし。


一番酷いのは小金を貯め込んだ、成金気取りが、ひたすらため込んで、

使われないで、あげく死後に醜い遺産相続争いの火種になっちゃう様なのだと

思うけれども。


使う目標があって貯めるお金は別に良い。

ただ漠然と不安に駆られて貯め込むお金は死んでるよね。

まあ、お金は天下の回りものちゅうことですよ。お金は社会の血液ですわ。


まあ、お金お金って言ってる自分もどうなのよと思うけどー。

つか、何か話が変な方向に進んだな。


まあ、しかし、どんだけ抹香臭い事を声高に叫ぼうとも、人間ってのは
仙人じゃないんだから、霞を食って生きられないよね。

最低限度の食い扶持がなけりゃ、餓死してしまうよ。

あと、結構さ、預金残高と精神的な余裕というのも比例するよね。

まあ、だから健全なる精神は健全なる経済でなり得るとも思う訳です。

武士は食わねど高楊枝、というか、ボロは着てても心は錦ともいうけどさ、
ボロボロで薄汚い格好って、自尊心が結構傷つくよね。

精神が崇高な人間ってのは一握りしかいない。大半の人間ってのは脆弱で
脆いモンですよ。


自分に出来た余裕ってのは、その余裕を誰かのために使えば
いいんじゃないかと。

そんでみんながある程度の余裕を持てれば、そこそこ良い社会になるんじゃないかと。


と、なんか妙に小綺麗な言葉が出た辺りで止めよう。

なんか疲れすぎて灰になっとる。いや、ハイになってる。

さて、もうそろそろ、作品画像をアップしていきたいなあ。

つか、もういい、寝ろ自分。

何かタイトル関係ない本文で申し訳ない。
本当は腰痛の話で盛り上がる予定でしたが、ノリで変な方向に行っちゃいました。
ごみんなさい。

カタストロフィ-At the present catastrophe.-




現段階では残念な結末ではあるが。それは致し方ない。現状では止めた方がよいのであろう。

GEISAI#15中止。

正直、今年の活動において結構、当てにしていた部分がある。
これによって何か新しい展開が出てこないかと期待していたが、まあ、通常どおりに
開催されていて、何かしらの出会いがあったとは限らないけれども。

名古屋での活動にあまり期待を持てていない現状において、色々なジャンルの人間が
恐ろしい密度で密集している東京の未知の可能性に漠然とした希望を持っていた。

金城ふ頭と有明ではどうにも埋まらない差というものがある。

少なくとも今年の前半の予定が白紙に近い状態という、自分の行き当たりばったりさも
悪い。

どうにも、1個目標を持つとそっちに一辺倒で、他の事をいまいち並行処理できない。

自分からいくつも抱え込む様な真似はどうも気が散るというか、ある種の不真面目に思えて
どうにも自分から多極的に動くのは倦厭しがちである。

ひとつひとつにちゃんと向き合いたい思いがある。

どうにも副業を持つのも苦手だ。

どうにも「どっちも」という選択肢は基本的にない。

結局、中途半端な役にはなりきれない。

どうせなりきるなら完全になりきりたい。その役をロクにこなせないとしても。

私ってほんとバカだな。


まあ、現状においては悲劇的な結末。いわゆるカタストロフィ。

でもさ、悲劇は起きてもそこで終わる訳じゃない。どんな物語にも続きがある。

続きがあれば、それがハッピーエンドになる可能性はある。

かえって、ハッピーエンドの続きというのは悲劇につながっているものである。

フィクションでは特に。

幸福な人が幸福に暮らしているのはドラマにならない。成立したカップルのその後なんて
基本的にノロケ話でしかない。描くに値しない。「末永く幸せに暮らしました」の一文で
もう十分である。

続いてしまうからこそワタオニは延々と嫁姑の、家族のいざこざは絶対に絶えないし、
ガンダムは永久に終わらない戦場に立つ訳である。

私は思う春を迎えて以来、常に自分を変えたいと思い続けてきた。こんな不甲斐ない
現状から少しでも抜け出たいと藻掻いてきた。

現在の自分というのも、客観的に観てしまえば、実にみすぼらしいものかもしれないが、
昔の頃の自分の精神的に追い込まれてどうにもならない緊張感の悲壮感の怠惰な日々
よりは遙かにマシだと自信を持って言える。

明らかに普通とは縁遠い、そういう場所に自分はいるけど、ここで終わる気はない。
そんなの絶対に許せない。だから藻掻き続ける。

まあ、現状、具体的に期待できるものはないけども、可能性なんて無いに等しいかも
しれないけど、世の中にはデタラメのような奇跡も魔法の様な事もあるかも知れない。

いわゆるデウスエクスマキナという無茶苦茶でご都合主義な展開。

信じる信じないというか、こんなの絶対におかしいよ、と思えるような悲劇も
奇跡も起こりうるのが現実ってものではないか。

変に期待ばかりしてもいけないけど、絶望ばかりしても起こる現象は起こるもの。

その現象をしっかりと受け止められる冷静さを持っていなくてはいけない。


うーん、なんだか話がようわからんくなってきた。


まあ、ともあれ、いろいろありましたが、私は元気です。


GEISAIの運営の方々も後処理が大変かと思いますが、次回を楽しみにお待ちしています。
開催できなかったイベントの後片付けなんてとても疲れるものだと思いますが。

チアマンの作り手に対する優しさには、何というか勇気を頂きました。色々と批判はされた
でしょうが、個人的には感謝しています。


さて、明日からも普通に頑張るか。

微塵切りだ包丁。-Chopped by the knifes.-


冷蔵庫にナスがあったので、といっても、ネットに接続する記録装置のことじゃないよ。

つか、冷蔵庫にNASってどんなシチュでどんな無茶で神経質な使われ方だろうか。

もしかしたらあり得ない事でもないかもしれない。


まあ、それは放置しておいて。

ナスで夕餉のメインのを張るようなメニューというと、まあ、麻婆ナスかなと。

ちらと今日、きょうの料理ビギナーズでもやってたなそいやと思い出しつつ、
挽肉ないけどどうしよかと思ったら鶏むね肉があったのでこいつをみじん切りにしよう。

しかし、きょうの料理ビギナーズは結構参考になるなあ。
どうにも今日日、妙にアレンジが利きすぎた無国籍料理みたいなメニューの料理番組が
多いからあんまし参考になんないんだよなあ。まあ、ビギナーズも結構簡単アレンジな
メニュー多いけどね。

料理も大事なのは基本のベーシックだと思います。

まあ、しかし、やっぱハツ江ばあちゃんはいいよね。初音ばあちゃんはイマイチ微妙だけど。

基本的にミンチ肉ってあんまし買わないんですよねえ。どうも持ちが悪い。ドリップがよく出て
きがちです。

そんなんだったら塊肉を買って自前でミンチにした方がよいですね。

グラム単価がミンチと塊では殆ど差がないので味、鮮度を考えると塊肉がいいですねえ。
手間がかかるんですが、そいう一手間が愛情なのですよ。

それに、包丁2本で叩いて粗挽きな感じに仕上げる事もできますし。

しっかし、この包丁2刀流でまな板を叩くのは気持ちいいですねえ。

ノリの良い音楽聞きながらだとついエキサイトしてしまいますわ。


で、上のトップ絵につながるわけなんですけど。

最近、ようやくペンタブの感覚に慣れてきました。

といっても、まだまだ、納得のいく、じぶんなりのPCならではの絵が描けてませんけど。

まだまだ、練習あるのみですねえ。

さて、そいや、この投稿のタイトルは知ってる方は分かるかと思いますが、そうです
あれです。

キテレツ大百科のお料理行進曲。歌でコロッケの作り方を覚えられるステキソングです。
2番はナポリタンだったっけか。

考えてみるとこういうお料理レシピな歌ってそんなにないですねえ。もしかすると
知らないだけかも知れませんけど。

うーん、おむすびの歌ぐらいしか思いつかないな。

そいや、藤子不二雄アニメの中でもキテレツ大百科って、特徴的なテーマソングが
ない代わりに、名曲揃いな気がしますね。

今日日のアニメだとガンガンOP、EDが変わってくので普通ですかね。

そう考えるとキテレツ大百科が放映されていた、あの辺りが転換点だったのかなあ。

検索で引っかかってきた皆様申し訳ない。



さて、キーボードが暖まってきたので制作日記でも始めますか。


まあ、実際、何の比喩でもなくネットブックのキーボードを操作しているので、
本体から発せられる熱で若干キーボードが暖かくなってるんですけどね。


最近はちょいと小さいサイズの作品を作ってるのでそこいら辺の技術革新というか、
乾燥時間の短縮に使えるテクニックをみいだしていたりします。

パルプってのはどうしても柔らかくするのに水分を多く含んでいて
丸いカタチ、塊で作ってしまうと乾燥にどうしても時間が掛かる。
それは作品のサイズが大きくなればなるほど如実に出てきます。

そこで小さい丸い玉を作っておいて乾燥させてそれを芯にするんです。

この芯の利点は乾燥時間の短縮および、整形のしやすさが向上します。

パルプ全体が柔らかいと、例えば表面をきっちりと整形すると裏面が表面の整形の
圧力で裏面が変形してしまって、また裏面を調整、で、またちょっと変形した表面を
手直し。と言った具合に、柔らかく整形しやすいが為に、カタチがゆがみやすいの
ですが、

この芯を用いれば表面は新しく盛ったパルプで整形しやすいですが、固い
芯材のお陰で不用な歪みを解消できるんです。

これのおかげで、ちょっと小ぶりな作品の制作スピードがちょっと早くなりました。

まあ、こんな感じで、一意専心に精進したいなと存じますけれども、こんな支離滅裂な
雑談を長々と続ける自分には似つかわしくない言葉かも知れません。

吹けど響かず。押せど動かず。Sound the trumpets blowing come out even. Undaunted even by pressing the mountains.



あいさつをしても、そこでまず構築される人間関係は顔見知り程度ではないかと。
まあ、それを友達と称してもさほど差し支えのないモノとは存じますが、なんというか
根本的に何かがちがうのではないのでしょうかと。

親友、悪友というのはぽぽぽぽぽぽぽ~んと一瞬で虚空から出現するものでは
ありません。

そもそも、その場に存在していない対象にあいさつなんて出来るのでしょうか。

「魔法の言葉」なんて適当な売り文句を並べて立てるが、魔法ってのは本来的な
意味では「人を惑わす技法」に過ぎません。極端に言ってしまえば嘘です。



定型文、紋切り型の中の王様です。キングオブモンキリです。あいさつというものは。


どうしても気持ちを込めずに乱用してしまいがちです。


そもそも、「おはようございます」というのは本来の意味としては違うでしょう。

業界によってはその日最初に会った人に対して「おはようございます」だったり
します。朝昼関係ないです。早くないじゃん。

小学生低学年の大半は「いただきます」を「板抱きます」としか理解していない
でしょうに。

ちゃんと心を込めて「ありがとう詐欺」もとい、「ありがとう」って言える人間は
どれほどいるでしょか。


自分自身がフレンドリーな雰囲気、言葉、仕草、態度で相手に接してこそ友達は
できるものです。

言葉だけで、態度が伴わないのではぶっちゃけ無理。


とはいっても、人間ってのはとかく勘違いをするものです。
ちょっとしたきっかけで人を好きになったり、嫌いになったりします。

恋愛ってのも結構、勘違いから始まるものですよね。

まあ、そういう関係ってのはなかなか続かないものです。

上辺だけの付き合いだけでは人間はいつまでも孤独なままです。

まあ、だから、友達がいないというのも勘違いして上辺の付き合いをしてない
という点ではある意味マシかもしれません。

「友達を作ると人間強度が下がる」とも言いますし。


はい、ここまでちゃんと読んで頂いた奇特な方。

「なんかこいつ下らない事でネチネチうるさいな。こいつ友達いないんじゃね」

とお思いかと思いますが、


正解です。


まあ、いないというか、かなり少ない。

と言っておかないと語弊、誤解が生まれるかな。


うだうだと書き連ねましたが、コミュニケーションってのは理屈より感情が大事
ですねえ。あとポジティブさも。


そうだ、勘違いされるといけないので補足。

別に私はACのテレビCMが嫌いって訳ではないですよ。

むしろ好きですよ。ネタ的な意味で。


まあ、しかし、この一大事がなければここまで注目もされなかっただろうに。

ある意味、時代に選ばれたのかもしれませんね。

おそるべし。「ありがとウサギ」いや、「こんにちワン」だっけか。


以下、土曜に展示のミーティングで豊橋まで行って来ました。
ある意味、お土産画像。

Toyohashi City manhole cover
Toyohashi City manhole cover posted by (C)かゆきゅう


Toyohashi City fire hydrant cover.
Toyohashi City fire hydrant cover. posted by (C)かゆきゅう

Sun river level.
Sun river level. posted by (C)かゆきゅう

Gas cap.
Gas cap. posted by (C)かゆきゅう

いやあ、豊橋は下を向いて歩いてるだけでも面白いですねえ。

手筒花火の絵柄をあしらった消火栓、マンホールは比較的新しいものでしょうか。
ガスを瓦斯と書いてる蓋も時代がかっていていいなあ。


Route 1 and Toyokawa road intersection.
Route 1 and Toyokawa road intersection. posted by (C)かゆきゅう

いや、なんか久しぶりだなあ。川崎から自転車で帰って来た時に浜松辺りからは
国道一号線を走ってきたので良く覚えてます。自転車スロープが降りる側に
ついて無くて担いで降りててこの斜めに設置された看板を撮った記憶がある。

探せば出てくるはず。探さないけど。

前回は一号線を、今回は県道400号線こと豊川街道を歩いたんですけど。

言わば過去の自分と現在の自分が同じ交差点で全く予期していなかった理由で
交差したんですねえ。


個人的にすんごい感慨深いなあ。まあ、分かんないでしょうけど。



さて、制作のほうはと申しますと、ホント申し訳ない事ですがこの前代未聞の
大惨事をきっかけに自分の中でかみ合っていなかった、というか欠けていた
歯車がぴったりとはまった感じで、

制作のモチベーションは悪くないです。

縁起物で験担ぎが祈願に、願いとか、祈る、というなんだか宗教くさい方向に
向いてきて、なんだか気持ち悪いかなあと思っていたんですが、このご時世
ならば、祈る事は別段、異様な事ではないかなと。

それまでのわだかまりというのかブレーキが外れた感じです。

これからしばらく、時間をかけて、コツコツと作りながら祈ろうと思います。

飽きっぽい私ですが、どれだけやれるか自分を試すような感じでもあります。

祈りというのは、長く祈ってこそ価値が、真価が問われるのではないかと思います。

一時の感情の高まりで、一気に突っ走って、しまうのはなにか違いますよね。

いまのこの旬なタイミングを狙ってパフォーマンスで終わってしまうのは浅薄
ですねえ。

今、必要なのはもっと長い時間を想定して、持続的に動く事でしょうに。