開運は1日にして成らず、開運であろうとする姿勢こそが開運である。

人間、どの様な、作業、仕事、行動をする場合においてモチベーションというのは非常に重要かつ、その行為を行う上でなくてはならない。

やる気さえあれば、どんなに困難を伴う事も成し遂げられるが、逆にやる気が無かったら数センチ先にあるボタンをただ押す事すら至極面倒で、嫌悪すら覚える。まあ、その嫌悪ってのは大概、そんなものぐさな自分に対する自己嫌悪であったりします。

自己嫌悪してしまうと自然と自信を失います。何でこんな簡単な事も出来ない自分という図ができてしまいますから。そんな自分は信用できなくて当然です。自信喪失。

そういう些細なことが一つだけならさほど取るに足らない事なんですが、立て続けにそういう、やろうと思ったけど出来なかった事が発生するとそれはそれは重篤な問題となります。出来なかったという悔いばかり積み重なってもう頭が後ろ向きにしか回りません。

ですから、出来る事、やりたい事を滞り無く出来る様に自分の環境を整えたり、タイミングを観て準備したりして、うまく事を運ぶ方法を常々考えるのは人生を前向きに、幸福に生きる為に必要なすべなんではないでしょうか。

すなわちそれが、それこそがつまり、「開運」という事なんじゃないでしょうかねえ。

上手く事が進まないのなら、そこで原因を考える、やり方を変える至極当然ではありますがそういう手間を惜しんで不平不満を吐き出すだけでは何も起こりません「閉滞」ですねえ。

一時が万事で、一万歩に至る為の一歩。開運は一日にして成らず。開運とはスタートであり、ゴールまでの途上であり、開運は状態ではなく、開運であろうとする努力こそが開運なのかも知れない。

ん、なんかモチベーションについて考えていたのに「開運」につながるとはねえ。

以下、開運展進捗状況。

照明キャラ「つっくん」
照明キャラ「つっくん」 posted by (C)かゆきゅう

以前に制作途中で画像を公開してたと思います。つくし型照明のつっくんです。じつはこの作品作り始めて5年以上経過してます。大まかなカタチまでは出来ていたのですが、確かその時の用途は植木鉢の予定だった気がします。確か、デザインギャラリーの前回の展示の際、主力展示品だったつくし照明の笠部分に蔓植物を巻き付かせてみたいみたいな事をどなたか言ってて、展示が終了してしばらくしてから作り始めたハズ。まあ、ウチには何かになる筈のパルプの造形物がゴロゴロしてるからこういう、長い冬眠の後に完成する作品も今後多々あるかもしれない。


桃色招猫
桃色招猫 posted by (C)かゆきゅう

以前塗装前の状態の画像をアップロードしてた目をつぶってる招き猫。ふと、ピンク色に塗ってみた。水性ペンキに卵殻Caを混ぜて、ザラザラ感出してますが、ペンキがツヤありなのがちょっとアレかな。ツヤなしの方が質感的に好み。
 リアルにピンク色の猫なんていませんが、これ考えようによっては毛が無くて皮膚が丸出しの猫とも見ようによっては見えるのでは…。そう考えるとちょっとキモい。でも、毛がないのなら猫ってガリガリ体形だから違うよね、うん、違う。しっかし、この猫写真写りいいなあ。

ねころまねきねこ
ねころまねきねこ posted by (C)かゆきゅう

これも塗装前の画像で見せましたが寝転がってる招き猫。 ですので説明は割愛いたします。クリーム色と耳、目にオレンジ色という組み合わせはいいなあ。

パルプ造形としての招き猫のカタチの探索。-Search for pulp molding the shape of a Maneki Neko.-

世間一般的に招き猫というと、いわゆる常滑型なのですが、これは、陶器での生産に適したカタチとして、型抜きに適したというか、型で抜けるカタチにデザインされているものです。招き猫はこれ以前にも存在し、素材も陶器とは限らずに、土人形などもあったりします。ですので招き猫をパルプで作るとなると、常滑型をそのままモデルにするのではなくパルプ造形ならではのアレンジが必要かと思うのですが、まだ、しっくりと来ない。たぬきにしても、これだと思えるスタイルが未だ見えず。やはり良く出来ているし、デザインされているもんです。

ねころび招き猫
ねころび招き猫 posted by (C)かゆきゅう

アフリカの石刻のネコのイメージを取り入れつつ、このスタイルは2代目であったりします。暑い気候であろうアフリカのネコらしく後ろ足まで延ばしてねっころがってるのはネコを飼った事のある人間からすると「あるある」と思うポーズですねえ。夏場によくそういう格好をします。

招き猫
招き猫 posted by (C)かゆきゅう

この一連の造形は発泡スチロールを芯材として表面にパルプを盛っています。スチロールカッターの形状的な性能の限界で、あまり入り組んだ形状のカタチは殆ど切れないのですが、あらかじめ頭、胴体、腕パーツを一つのカタマリから切り出すのですが、切り出す際に切断面をキザギザに切るとあとで組み上げる際にパーツ同士がズレにくいのでなかなか使えるテクニックですねえ。で、発泡スチロール用のボンドを使用すれば切断、接合が思いのままで、なかなか融通の利く素材だなあと再確認。

ワークショップ用マグネット
ワークショップ用マグネット posted by (C)かゆきゅう

会場でワークショップを開催する予定なのですが、それ用のマグネットを制作中。板の上に磁石を置いて、パルプを被せてます。こいつを乾燥させて、会場で塗装と装飾をしていただこうかなあと考えています。

制作制作制作制作中。-Work work work at working-

「制作」の「制」の字の元々の意味は枝とつけた木を刀で断ち切る事だそうで。ただ、作るのではなく、捨取選択して、制御して作る、考えて作るという事。つまりはプロの仕事という事ですかねえ。そう考えると気安く、制作なんて言葉を使えない気もしますが、まあ、そこら辺は「リベンジ」とかの言葉と一緒で、あまりに気軽に使われ過ぎて言葉の価値が落ちてるのかもしれないですねえ。

信楽のたぬき村で探してきた一体。目力があるなあ。やっぱ。かわいい顔をしてますが、たぬきの置物に不可欠はアレはちゃんと付いてます。

まねきこがね
まねきこがね posted by (C)かゆきゅう


去年のメインテーマというかモチーフだった虫シリーズとえんぎモンをつなぐものだったりします。アイデア自体は今年の1月にはあって、これの前段階の試作モデルが、というよりも塗装などの仕上げがしっくりと決まらずそのまま半年以上経ってたりする。あそうそう、ツイッターのアイコンはこのマネキコガネだったりします。まあ、そういう意味では開運展のテーマの元になったもので、意外に重要な意味を持ってるアイデアなのかもしれない。


招き猫制作中
招き猫制作中 posted by (C)かゆきゅう


ええ加減、オーソドックスなスタイルの招き猫の型から脱しつつあってくずし的な感じでアレンジが入ってきてます。ええ、すいません、飽き症なもので。本来、招き猫が首に巻いているのは首輪、というよりも紐状の布を巻いてるようで、招き猫の後を見るとちゃんと結び目がデザインされています。

この結び目を前に持ってきても良いのではないかと実験。なんかスカーフでも巻いてるみたいでよい感じです。で、これはスカーフではなくて、風呂敷という設定にしようかなあと画策中。柄は風呂敷といえばこの柄しかないでしょうねえ。もちろん唐草模様。どうも、唐草模様の風呂敷は泥棒、空き巣を連想しがちでイマイチ悪いイメージが付いていますが、元々は縁起の良いとされている柄で、だからこそ、どこの家にも唐草模様の風呂敷があって、そのどこの家にもある風呂敷を使って、盗んだ物を包んで持ち去ったのが泥棒だったらしいですねえ。まあ、ですから、招き猫の中にも唐草模様をあしらったものがあったりしてなんだか直感的に「泥棒猫」という昼メロで出てきそうな言葉が思い浮かんだりしてしまいますが、本来は縁起物なんですよ。

せいさくちゅうがあらわれた!Appeared in the works !

久々の更新、ご無沙汰してました。暑い暑いと言っていたのもつかの間、秋らしく、冬へ向かって、風邪など引いてしまいがちですが、いかがお過ごしでしょうか。開運展まで一ヶ月を切って、てっぱん、いやテンパってますが、私は元気です。

そいや朝ドラも新しいシリーズが始まりましたが、なんか、微妙な気が。どうにも感情移入しづらいというか。海に放り込んで、しまったトランペットを一日置いてからメンテなどしたら腐食してボロボロで、碌な音が出ない様なな気がするのは素人考えなのだろうか。つか、人の作ったモノを理由はどうであれ粗末にする人間に感情移入できるほど私の了見は広くないな。ベッチャー。

いまいち、ヒロインの置かれている状況が中途半端じゃないかと。変に一家の全員が模範的、理性的すぎてドラマとしては盛り上がってないような。もっと感情的でもよくね?もっと泣いて、怒っていい気がするが。まあ、この先にそういう描写がくる可能性はあるか。

なんか、すっと入ってこないんだよねえ。感覚的に。

 

まあそれは置いといて。

制作も佳境に入り込んで、物理的な時間が厳しくなってきたので、自分自身の時間の制約、リミッタをひとつ解除すべく、時間帯という概念を封印してみました。作りたいときに作る、寝たいときに寝るという事に徹して時間効率を上げようと画策してますが、まあ、体に優しくない事をしてるので、体調には充分に存分に注意しないとね。不規則な生活はダメです。よい子は真似しちゃいけない。

で、ようやく大きめの招き猫の形が随分と出来てきました。

DSC_5322r

左が目をつぶってるタイプで、真ん中は立ち上がってる手長招き。右は分かりにくいんですが真上を向いた右手招き。いわゆるお金を招くといわれるスタイルです。

さて、ここから塗装、装飾となるのですが、これぐらいのスケールのものは初めての事なのでどれだけ時間がかかるのかいまいち見当が付きません。6月の引き出物用に作った縁起モン達は、装飾作業ではまり込んで随分と大変は記憶がありますが、まあ、スケールが大きくなると手間がそれ程増えるとは限らず、場合によっては小さいモノを作るよりも作業が早く進む場合もありますからねえ。

DSC_5331r

で、上の画像の手長招きですが、現在こうなってます。作ってると顔とかの形がいびつになってるのがかなり気になったりしてますが、写真だとあまり気にならない気がするなあ。

 

DSC_5333r

高さ30センチメートルほどのふくいぬ。口からコインを入れて貯金箱のように出来ますがひっくり返すと簡単に出てしまうから貯金箱とは呼べないなあ。

 

DSC_5334r

で、招き猫以外にもたぬきも作っていますが、塗装がなんともしっくりとこない。元々たぬきの置物は、茶色、というよりは焦げ茶、黒に使い色なんで地味目な印象があるんですが、もうちょいと明るい感じに出来ないかと模索してますがまだ何か違うなあ。

さて、今宵、というか今朝はここまで。また明日も更新できたらいいな。かゆきゅうでした。

制作日誌[かいうんろぐ]9月8日分。おおあめのあと。Production Diary [kay wun log] September 08 minutes. After the heavy rain.

台風も温帯低気圧に変わる。変なルートだった。いつもなら太平洋側を
かすめて行くのだろうけど、日本海に出て上陸というのはそんなにない様な
気がするがどうなんだろう。

�������Screen door on a rainy day. on Twitpic

網戸に張り付いた横殴りの雨の跡を接写リングをかませて接写。
フラッシュを正面にぶつけてみた。まあ、画像の下部分が暗いのは
接写リングの分、長くなったレンズの影だねえ。やっぱ小型の外部フラッシュ
だと影になっちゃうねえ。内蔵よりはマシだけど。


����中��次乾�中�Earnestly working on. Seq... on Twitpic
パルプ原料の生産を本格的にすべく先日、紙片の詰まったプラ製コンテナを
二つほどパルプ製造機こと、今では珍しい二層式洗濯機のすぐ脇に移動。
しっかし、よくもここまで原料を溜め込んだもんだねえ。プラコンテナ7箱
ぐらいはあるのであと2〜3年は持ちそう。

まあ、まだ全貌見えず。概要はだいたい決めたものの、作りながら考えるというか、
作るのと平行してでないと考えられないので、とにかくまず制作ありきだなあ。
コンセプトなんて飾りですし。大まかな方角、方向性を決める為のもんですよ。

思いを文章で上手く伝えられると、それを極めたい思っているなら小説家を
目指している。

あくまでも、カタマリを作る事がしたいのであって、 書くのではなく描く事を
したいと思っている。
 ハナからゴールが見えている、大方の予測が付いているものなんて作っても
面白いとはそれほど思わない。

最近は発泡スチロールや、スタイロフォームを芯材にしてのキャラクターオブジェ
の制作を専らしていたのだけれど、最近、久々に昔やってた乾燥と盛りを繰り返す
という、何と言えば良いか、ラピッドプロトタイピングというか、陶芸のひも造り
の技法に近い様な事をまた再開してるんだけどコッチの方が断然面白いねえ。

パルプというのは土台になるものに押し付けて、押さえて圧着して成形するもの。
紙も含めて。土台がしっかりとしてればキッチリと出来上がっていくんだけど、
ただ、乾いた部分に盛っていくと、パルプというのは言う事を聞いてくれない。
縮むし、曲がるし、歪むし、剥がれる。だけどさ、その歪みとか諸々の反発と
自分の造形のせめぎ合いが実に楽しい。これがパルプ造形の醍醐味と言って
よいかも知らん。

やっぱ、どんな、行動に、行為においても、しっかりとした反応、リアクション
が帰ってくるのが面白い。好きの反対は嫌いでなくて無関心。みたいな。

さて、もうそろそろ話を切り上げたいけども、ダメだ、手が止まらない。

今日は制作の傍ら、地上波で先日三週に渡って放映されてた20世紀少年を最後まで
観たのけど、やはり、国内実写映画の限界というかねえ、原作は全く見てないけど、
イロイロなパロディがちりばめられててすごい面白いんだろうなあと。

映画というのは大体2時間という枠の仲に上手く収めないといけないという制約上、
原作のお話を全部再現することができなくてひたすら削る。場合によっては展開を
変えるから原作を越える、同等に並べる映画は殆ど無いよね。漫画でも小説でもその
表現方法、媒体だからこそ出来る描写があるからそれを実写にした場合、どうしても
違和感を覚えるし、リアルに感じないし、とても滑稽になっちゃうし。だから、難しい
のだと思う。って、映画なんてロクに見ない奴が講釈タレても意味ないけど。

まあ、そのうちに原作は読んでみたいなあ。

で、この映画版20世紀少年なんだけど、一番言いたかったのは「イジメイクナイ」
ちゅうことなのかなあ。

でも、そんな、みんなから虐められた、無視された、忘れられたのが理由で世界を
滅ぼされても困る気が…。

まあ、人生子ども時代どころか青春時代も凄惨で悲惨なものだったんだろうなあと
想像はするが。

そいや、昔、同窓会で、昔の恨みを晴らすべく、同級生達に毒入りビール飲ませた
という事件って無かったけか。確か昔のテレビ番組「女神の天秤」で取り上げ
られていたような覚えがあるんだけど。

地球や世界を巻き込んだ壮大な大事件が実はよくよく考えてみると身内の喧嘩
だったってパターンて結構よくあるよね。フィクションだと。

まあ、なんだかんだ言った所で、世界を動かしているのは全て各々人格を持った
個人の集まりなんだから、行動原理とか理由なんてホント些細で個人的な事なの
は当たり前なのかも知れない。

はあ、描き過ぎた、いや書き過ぎた。でも、まあ、描くと言う字の意味には
絵だけでなく、文章、音楽、動きなどの表現にも使われるからどっちでもいいか。

いかんね、久々にブログ更新したら文章のキリが全く見えてこない…。
やっぱツイッターはやりやすいわ。リミットがある分。

開運展展示プランイメージラフスケッチ其の弐 Fortune exhibition, painting exhibition rough sketch of the plan. II

展示アイデア、ギャラリー部分です。

古くから言葉にも魂が宿るともいう訳で。字というのも開運をもたらす為に重要な
役割りを持っているものではないでしょうかねえ。

そいや、
去年のライブマーケットでは[SPACE9]の屋号を立体で作って板にかざりつけてました。
文字を造形するというのも面白いかもです。いわば、立体レタリング。

習字は苦手ですが、高校時代はデザイン科でポスターカラー、カラス口を使って
レタリングしてたなあ。確か、レタリング検定3級という微妙な資格も一応取った
ような気がする。まあ、今日日、デザインの現場でそいうレタリングはしないだろう
けど、

ある意味、この立体レタリングで、そのキネズカが役に立ったり…しないかな。

で、展示イメージに戻るけど、賑やかしさを出す為にはやっぱりカオス。混沌として
た方がらしい気がするのだが、あまりにも行き当たりばったりなのもダメかな?

カオスを計画するというのも変な感じですが、まあ、そんな方向で。

開運展展示プランイメージラフスケッチ其の一 Fortune exhibition, painting exhibition rough sketch of the plan. One

エントランスの吹き抜け部分、「かみのもり」のイメージ案。

もう、開催まで3ヶ月を切りましたので餓死が死、いいえガシガシとイメージをカタチに、
頭の中に抱いた考えを生命体に昇華させるべく、恐れず、騒がず、止まらず、止まらず、
淀まず、澄まず、張り切らず、憚らずに生きましょう、いえ、行きましょう。

だいたいのイメージは頭の中にあるので、其のイメージをこまめに伝達、発信して行かん
とね。そういう、クリエイターにとって必要不可欠な部分に欠陥があるのは自覚して
おります。とりあえず、苦手を苦手とせず、無理を無理とせずにとりくんでいかないと
 自分自身のリミッターを外せません。諦めたらそこでゲームオーバーですよ。

どうもね、人に認められない生き方ばかり選んでしまいがちなんですが、それでは
いかんのですよ。生きる事もままならない。だからこそのこのテーマ「開運」なんです。