更新停滞回避更新

えー随分と間が空きました。

投稿したいネタがない訳でもないのですが、

 

先日、

 

というか、今年の3月末から4月頭のあたりで神奈川県川崎市川崎区から

愛知県名古屋市守山区大字下志段味まで自転車で帰ろうといういわゆる

「名古屋帰還作戦」を実施したのですが、諸般の事情により、

愛知県に入り豊川を超えて、岡崎の手前、音羽蒲郡インター先で中断して

帰った訳ですが、先週、残りの区間を消化してきまして。

 

これを機にこの「名古屋帰還作戦」について書こうかと思案しつつ、

膨大な画像、話を整理するだけでも相当な量な訳で。

 

音羽蒲郡~下志段味間の事だけでもまとめようかと思ったけど、

そんだけでもなかなかな、なかなかな量でどうにもはかどらない。

 

それに、自分なりにも結構な冒険だった思い入れの深いもので、

ダラダラと文章をタイピングしてると無駄に長くて、言いたいことが

まとまらん訳です。

 

そんな訳で、この落ちものゲーのように上に積んで、詰んでいってほとんど埋まって

パニクってる状況を回避、というよりは解消すべく、ピンチヒッター的に、

ストッパーとかファイヤーマンみたく…

そこまですごくはない。

 

ですが、まあ、そんな感じです。

 

とりあえず、随分と久しぶりに落書きでもウェブにアプしてみるテスト。

以前やってたウェブサイト「SPACE9」のメインコンテンツは落書きだったり

するので、ある意味で原点回帰とでも言いますか。

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たまにA4コピー用紙に先端のごく小さな金属球を回してインクを出すペン

とか、某液晶テレビの有名メーカーの創業者が発明したという常に一定の

細さで描くことができる鉛筆やフェルト製の芯にインクを染みこませたペン

などで、特になんにも考えずに線を走らせていると、ごくたまになんだか

良くわかんないけど、「なんじゃこりゃ」と思うものが画けたりするするんですが。

これはそういう、意味のないキャラ。何だろう、モチーフは太陽ですかね。

とりあえずPCに取り込んで色つけてみた。

 

とりあえず「さんさん」とでも名付けてみよう。

ライブマーケット09出展模様似非動画(試作)

先日、台風の写真をストップモーションでなんちゃって動画にしてみましたが、

やはりちょっと、単調なんですよね。

 

今回はiMoveで動画部分をつくって、ライブタイプでテロップを入れるという

なんだか無駄にこだわってつくってます。だったらファイナルカットできっちり

作ればよいのかもしれませんが、イマイチ操作が分かっていない…

 

これはあくまで試作ですのでもっとましな形にできれば良いですが。

一応、音声も入ってはいたのですが、ライブタイプで出力した際に

音声がなくなりました。まあ、そういうものなんでしょうね。

 

う~ん不勉強だな。

それをその名で呼ぶことは出来ない。

「焼きそば」と銘打っているが、実際、の調理手順を考えると

素直には「焼きそば」とよぶには、はばかられる。

 

麺は揚げてはいるだろうが、それを焼くとは言い難い。

基本的にお湯を注いで捨てているだけだ。

 

しかし、味、食感の面から考えるのならば、それはそれほど

酷いものではないのかもしれない。

 

スナック菓子でありがちな「何とか味」よりは遙かに再現の度合いは

高いと言えるのだろう。

 

だから、私は、カップ焼きそばを焼きそばと認める度量は持ち合わせていると

言うことに疑念はない。

 

しかし、

だからといって、

 

揚げていない唐揚げを、フライパンで焼いただけの、衣付きの鶏肉のソテーを

「唐揚げ」と呼べるだけの度量を持ち合わせている訳ではない。断じて。

 

作りたて、なのにサクサクしない唐揚げは唐揚げと認める事はできない。

 

調理の手順を失敗した可能性は多大にあるのかもしれない。

 

ただ、今の時点、現状においてそれをその名で呼ぶことは出来ない。

 

 

ま、いっか。

 

最近、料理ネタばっかですねえ。ぼちぼち作品関係のネタを織り交ぜていきたい

ものです。

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He had outraged by the pizza-ogura & spiders

 

彼は小倉ピザに激怒した?いや、本質は其処ではないのかもしれない。

彼は自身が下した妥協に苛立った。その方が近いのかもしれない。

 

食事とは美味しく頂いてこそ、その真骨頂ではないのか。

その料理自体、食品自体の品質、テイスト、だけがその食事の

美味しさを決定するものではない。決して。断じて。絶対に。

 

食べたいときに、食べたいと思ったものを、一緒に食べたい人と、

食べてこそ、食べることに喜びを感じる。

 

裏を返せば、

 

食べたくないときに、食べたくないものを、一緒に食べたくない人と

食べなければならないと、食べることは苦痛以外の何物でもない。

 

池波正太郎のエッセイ、どのエッセイだかは忘れましたが、

確か、関東と関西のうどんの違いについて書かれている文章があるのですが、

 

関東の鰹だしベースの濃いめのスープというのは主に肉体労働を

する職人達が主に食していたからそういう味なのだと。

 

関西の昆布だしベースの薄めのスープというのは主に算盤をはじく

商人が食していたからそういう味なのだと。

 

という事ではないかと書かれていました。

 

つまり、「おいしい」と一言に称しても、それは、

環境、状況による部分も大きいという事なんでしょう。

 

小粋なジョークもタイミングを間違えれば失笑どころか

逆鱗に触れる事になりかねない。

 

昨夜、遅くまで肉体労働してきて、翌朝、起きて最初に食べる

正しくブレックファーストに口にするものがジョークのような

代物であったのならそれは激怒するに当たるものである。

 

それにしても、大して甘くない小倉小豆餡を塗りたくった上に

白玉がトッピングされ、それを邪魔するかのようにちりばめられた

ピザであることを無理に主張するチーズ。

 

この微妙な酸味とにおい。

 

そのあまりに無神経な主張が我慢ならない。

 

本当に美味しくまとめる気があるのなら、そこはチーズではなく

バター、もしくはマーガリンで仕上げるべきであろう。

 

チーズに対してこうも殺意を抱けるとは…人間とはすごいもの。

 

極めて矮小であると言わざるを得ない。そしてそんな自分を

嫌悪する。下らない。これほど下らないことがあるだろうか。

 

食べたくもないものを食べると妥協した自分に対して、自分自身の

感情を無視したことに対して怒りを禁じ得ない。

 

あまりの下らない出来事に、ここまで下らない、取るに足らない事に

頭を沸騰できる自分が理解できなくなって思い悩み、全てのやる気を

なくし、塞ぎ込んだ午前中を思うと本当に下らないと思う事に対しても

下らなく思えてくる。

 

そして、ようやく気持ちの切り返しがついている今がここにある。

 

NoにはノーとYesにはイエスと言える自分でありたい。

 

 

本文と関係なしにクモ画像貼ります。苦手な人いたらスマンス。

 

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神領駅の南口で、待ち合わせ中に発見。よく見かけるジョロウグモの一種かと。

巣を張り直しているのか、せわしなく動いてるところを撮る。よって足がぶれてます。

 

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春日井市某所。踊り場にて。蛍光灯の真下に、スイッチのひもを利用して巣を作ってる、

たぶんイエオニグモ。こんな器用な事するんですねえ。発見当初は巣を張りかけて

いたのか一心不乱にぐるぐると動き回っていましたが、この写真撮る頃には巣の

真ん中で鎮座。

 

名前に「家」が含まれているクモらしい絵だねえ。

 

光に集まる虫を捕るには好都合な場所かもしれんけど、撤去もされやすいかと。

SPARROWS IN THE TWILIGHT & PORK MISO SOUP etc…

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別段、勝ち負けにこだわっているわけではない。少々ひいきするのは今更どうでもいい。

しかし、一つだけ、たった一つだけ。許容しかねることがある。

その一言は聞き捨てならない。断じて許すことが出来ない。

その言葉の持つ野暮ったい響きはとても耳障りが悪い。

なぜにそのような言葉をわざわざ使うのか?

世間一般的に聞き慣れてはいない。

どういうつもりであれ、それに悪意を感じざるを得ない。

 

そちらがその気であるなら、こちらもこう呼ばせていただこう。

 

「原読売(はらよみうり)」とね。

 

そう言うなら少しは納得がゆく。「読売」と称するなら「中日」と対比として

正しい。「巨人」ときて「中日」とはいかに?

そこは「竜」なり「龍」であるはずではないのか?

 

まあ、それはどうでもいいとして。

 

秋の夕暮れは良いものですねえ。

 

ベランダから眺める狭い空も悪くはない。

スズメたちが家の屋根で戯れる様は実によい。

 

ただでさえ、足場の悪いところ。ましてや鳥類。歩くのは得意ではない。

たまに足を滑らせてすっ転ぶ様はとても和む。

 

まあ、こんな、肌寒くなった季節。食べるものも暖かいメニューが増えていきます。

豚バラ肉かたまりがあるなら、やはり豚汁がいい。

 

里芋、人参、大根、牛蒡などの根菜類。えのき、しめじ、出汁に使った

干し椎茸などのきのこ類。そしてようやく二分の一カットで100円を切るシーズンに

なっってきた白菜。具だくさんで、これだけでもう充分にご飯の友となれる。

 

 

そして、家族はだれも気がついていないだろうが、禁断の食材を一品入れておいた。

夕飯時、何も指摘がなかったと言うことは気がつかなかったのだろう。

そう、アレを入れた。

 

去年のこと、ひとり暮らしで自炊してるとどうにも食材を上手く使い切る事が

難しい。そこで少しでも食材を長持ちさせる為には、私は、何をすべきだろう

と考えた。冷凍するというのも良いのかもしれない、しかし、それは、

保存期間を長くする事はできても、結果的に、食材の旨みは減少してしまう。

冷凍とはいえ、長期間保存はあまりおすすめできない。

 

古来より、人間は食物を保存する一つの方法として干す。つまり乾燥させる

ということをしてきた。

 

干すことによって食材はその性質を変える。場合によっては旨みが増したり、

食感が全く異なるものとなったりする。

 

干して乾燥させるには天日の当たる風通しの良い場所が基本であろうが、

今日日の都会の真ん中では厳しいものがある。

 

世の中には、除湿器というものがある。エアコンの仕組みを利用し、内部機関を

冷やして結露させて空気中の水分を抜くというアレである。

 

これは主に、湿度の多くたまる部屋の湿度を下げる、もしくは、衣類を乾燥するのにも

用いられる事が多いかと思おうが、じつはそれだけではない。

 

じつは、除湿器はれっきとした調理道具でもあるのである。

そう言っても差し支えない。

除湿器の排気の吹き出し口に、乾燥させたい食材をつるすなりすれば、

いとも簡単に乾物を作ることが可能。

 

例えばこの時期、サツマイモをふかして、適度な厚さにスライスして干せば

芋の切り干しができる。スルメイカさばいて完全に干せばスルメができるし、

その手前で止めれば一夜干し、それをイカスミに漬け込めば塩辛も作れる。

 

いろいろと実験してみたが、いろいろと面白い。千切りキャベツを乾燥させて

それを水で戻して煮物を作ったところ、切り干し大根と同じ味、食感であった。

もやしを乾燥させ、それを味噌汁の具にしてみるとまるでメンマのように

しゃきしゃきとした食感になった。

 

もちろん、乾燥椎茸もできるが、その他のきのこでもやはり出来る。

エリンギを干しておいて、つい先日、密かにカレーに入れてみたが

誰も気がつかなかった。旨みは出ていたと思うが。

 

納豆を乾燥させると香ばしいおつまみができるが、納豆臭が乾燥部屋に

こもるのであまりおすすめできない。

 

キュウリも干してみた。乾燥すると黒い木の枝のような物体になりとても

キュウリのなれの果てにはとても見えない。これはどうなのかと

思いつつも、料理に使うことなく、ここ最近に至る。

 

ふと、したいたずら心で豚汁に入れてみた。

 

味は別段、特質なく、若干、心なしか酸味があったが特に

主張のある味ではなかった。

食感はキュウリの漬け物で有名なちゃん付けのアレを思い出す

歯ごたえのある食感だった。

 

変なものを食材に忍ばせておいて何の指摘もないとはどうにも

ツッコミのないボケみたいでどうにも寂しいものですねえ。

 

CSの行方が気になるのは分かるが料理はちゃんと味わって食べよう。

 

てなわけで?、除湿器は調理器具である。と主張してオチとさせて頂こう。

KANAYAMA WIDE CONVERTER

日曜と特売日のスーパーとは戦場である。

いかに、人に先んじるのか、しっかりと戦術を立てておかねば、

ただただ疲弊し、ごった返す人の波に時間を浪費するのみ。機を逃せば

望みの品は手に入らない。

 

まあ、兎にも角にも先んじれば良いという訳でなくあえて、遅い時間帯に

行けば思わぬ買い得品に出会うこともある。

 

ま、そんなこんなで、午前は過ぎて。

 

「俺、この展示が終わったら、この貰った招待券で美術展観に行くんだ。」

 

と死亡フラグを立てずに終わってしまいましたが、ともかく決行しようと

思い至る。

 

急遽、予定の前後が変わるが、現地にたどり着く。

閉館時間まであと1時間ぐらい。まあ、それなりに観られるでしょう。

 

で、まあ、金山南口を出て目前の名古屋ボストン美術館まで。

「ヴィーナス展」を観る。と言うよりも展示の解説文を読む方が多かったかもしれない。

女神信仰は古今東西変わらぬようですねえ。

 

西洋の伝統的な美術をみるに当たってはギリシャ神話とか聖書とかについて

知っていないとモチーフの持つ意味とかがよく分からないので理解度が違う分、

作品をより楽しめるもののようですが、そうは思うモノのなかなかねえ。

 

なんだろう、原作を読まずに二次創作物から入ってしまうのと同じ事か?

でも、まあそれはそれで別段間違いでもないでしょう。作品をどう楽しむ

かは、鑑賞者次第ですねえ。

 

あと、こういうミュージアム系の展示を観るとき、個人的にキャプションの

英文を読み込んで和文と比較してしまう。

なかなか面白いもので、例えば、「何とか柄何とか模様碗」とやたら長い

漢字の展示物が英文だとただの「bowl」になってたりとか、油絵の「油彩」は

「paint on canvas」と和文では絵の具に注目しているけど、英文だと

絵の具を塗っている素材の方に注目していたりする。

 

で、肝心の展示については、ギリシャ神話でも、ヴィーナスについて

クローズアップしているので、理解しやすいですねえ。神話の同じような場面

表現している作品が何点か置いているので分かり易いかもしれないですね。

 

まあ、「パリスの審判」については確実に覚えました。

 

まあ、登場人物が言語によって呼び名が違ったりでややこしいかなと思ったり。

 

で、ヴィーナス展を観たあと、上のフロアでやってた名古屋城本丸御殿の

障壁画復元模写展が良かったですねえ。入り口辺りにあった、竹林虎図?

だったっけか、あれが一番気に入りました。猫のように丸まってる虎がたまらんです。

あと植物のマラカイトグリーン?の色合いも良いですね。

金箔の地はまるで強い日差しの様。

 

さすがは天下の御三家のお城の装飾ですねえ。

 

どうもここの美術館へ来るとメインであろう展示よりもこっちオープンギャラリー

の展示の方が気に入ってしまう。

 

この前もゴーギャン展を観に行ったのに、「ノリタケ」の方が印象に残ってる。

 

で、展示も観終えて、外に出ると良い夕焼け。これは絶好のチャンス。

 

じつは、注文していたニコンダイレクトの限定アイテム、ワイドコンバーターアタッチメント

「NH-WM75」が丁度お昼に届き、これは何か撮りたいなあと思ってたんですよ。

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金山駅周辺

 

金山総合駅の南口から北口までぐるっと外を回ってみた。

 

やはり、街中などの情報の凝縮したロケーションでは効果的。

フレームに入れたいモチーフが難なく入る。

 

まあ、安いものではないけど効果は確実にありますねえ。

広角レンズを買うよりはお手軽かと。

見た目以上にちょいと重たいのが難点かなあ。

グランプリと書いて何と読むのか?

いやー、世の中は広いもので、舞台の上に呼び出されたとと思ったら、

衆人環視の中で腰にベルト、手首に枷を嵌められ、市中引き回しの上、

1年後に展覧会を強制的に開催させられるという刑罰があるとは

知りませんでしたよ。えーこれって何の刑?

 

こんなに嬉しいことはありません。もちろん、人前で拘束された上に

引き回される事ではありませんよ。そんな特殊な趣味はもってはいないですよ。

多分。

どちらかというと逆の方がいいかも。

 

冗談はその辺にしておいて。

 

以前に似たようなチャンスを与えられたのはいいが、パッと花火が上がったと思ったら

そこで燃え尽きて、ウダウダとダラダラしていて、結果の現状はどうなっているのか。

と随分と悩みもしたりしましたよ。

 

もう、そういう釈然としない日々を過ごす様な真似はしたくない。

またかよと、悪態をつくような事ではどうしようもない。

ビターだとかのたまってるようではぬるい。

 

まだスタートラインにすら着いていない。それでいて、一端のチャンピオン気取り

なんて思い上がりも甚だしい。

 

万が一、前回を下回るお粗末な展示をしたらもう、足を洗うべきですねえ。

 

最近読んだ本のあとがきに、

中途半端な才能の人間ってのはその中途半端な才能にあぐらを掻いていたら

一生、一流にはなれない。そのくせ、下手にに才能があるからいつまでも見切りを

つけられず、ずるずると醜態をさらしてしまうのかもしれないといった様な事が

書いてあったんだけど、なんとも自分には耳の痛いものでした。

 

名古屋で屈指の立地を誇るギャラリーで展示させてくれると言うんですから

もうね、その期待に十分に十二分に応えられる展示をしたい。

 

また、自分自身の限界を見定める良い機会に相見える事に感謝。

これを自分の中で最高のものにしたい。どのような規模であろうが

与えられるチャンスに対して常に最高の仕事をしたい。そうでなければ

潔く止めたい。常にクリエーターとして死ぬこと覚悟して事に当たりたい

ものです。決断が早ければ早いほど違う生き方を模索できます。

 

まあ、理想論ばかり唸っていてもだめですねえ。「モノ」という形にしてなんぼ

ですからねえ。

 

その為にも、あと一年間、食いつなぐ為に、日銭を稼がないとなりません。

制作に支障がない程度に。