トノサマバッタの「との」

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先日言ってたトノサマバッタの「との」が完成したよ。

「との」ってのは漢字で書くと殿様の「との」ではなくて

跳乃とかいて「との」のイメージだよ。

 

ややこしい名前ですが、間違いの無いように。

彼女、それがコンプレックスだから。怒られるよ。

「マルピーギ管に手ー突っ込んで触角ピクピクさせようか?」

てね。

 

例えばカブトムシ、クワガタってのはだいたい最初にイメージが

沸くのは角や顎の立派な雄の方、でも、バッタの仲間の多くは

雄よりも雌の方が体長が大きいもので、必然的に雌の方が存在感が

ある、おそらく人が抱くイメージは雌のもの。

 

昆虫の雄雌のパワーバランスってのは非常にユニークだね。

蛾の一部の種類だと雌は羽根を持っていなくて飛べないのがいたり。

雄がいなくても数が増えるとかね。

 

最初から定められてそう決まっているんじゃなくて、置かれた環境に

適応していって残ったのがそういうバランスなんだろうね。

 

そんなことはどうでもいいけど、最後に一つ。

 

とのの頭に生えてるのはアホ毛ではなくて触角だからね。

そんなことを言おうものなら「マルピーギ管に…(以下略)」

って怒られるからね。

マメコガネと招きこがね、ツユムシらとマメコガネ。そして暮れ染まるくもぐも。

土曜の雨はなかなかどうして、手強いやつでした。

ジンクスとは厄介なものですね。詳細は投稿「ぶらりせともの祭り」で。

 

荒天のあとは好転するもので。

天気がよいので最近ようやく形を得たキャラの撮影にいつもの場所へ。

なんやかんやで夕方ですが。

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其の壱。マメコガネのドーザ。

なぜにドーザなのかはあれです。ヒントは過去の投稿。

ちにみに、いや、ちなみにドーザの後ろの草はマメコガネが

食べる草だったりします。まあ、好物という訳でもないようですが。

種が衣類にくっついてしまう、俗に言う「くっつきむし」ですね。

正式名称は知りません。植物図鑑も欲しくなる今日この頃です。

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其の弐、「招きこがね」

 

ドーザの形をつくってて、特徴的な手足をもっと上手く表現

できないかなあと考えていたら、招き猫みたいな縁起物に

できないかとふと考えた。

 

黄金(こがね)を招くんですからモチーフ的によろしいのでは

ないでしょうか。

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他にも、おそらく、造形物として他ではほぼモチーフにされるような

ことは無いと思われるホソヘリカメムシの「そーり」とか、

やや、メジャーな昆虫のトノサマバッタの「との」とか、量産型しょうた

も一応は形になってきてますが、それはまた次回です。

 

撮影も終わって堤防を歩いてると目の前を飛んでいく虫。

近くに着地したところをよく見てみるとどうやらツユムシのようで

枯れた花の上にとまってる。

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あとはツチイナゴ?かな。

DSC_5463しっかし、最近はよく、片脚がないバッタを良く見ます。

自然を生き抜くのはなかなかに厳しいようですねえ。

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そして、今月入った辺りからめっきりと見なくなったマメコガネ。

葉っぱの表側にいるのですが、川から吹き込む風のせいか葉が裏返って

ちょうど、夕日をバックにしている。虫食い穴、葉脈から光が透けていて

きれいでした。

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堤防に影ひとり

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染まり流れる雲

 

「秋は夕暮れ」とも古いうたにも詠まれますが良いですねえ。

まあ、私の場合は

 

「春も夕暮れ、夏も夕暮れ、秋も夕暮れ、冬も夕暮れ」

 

ですが。年中、明けても暮れても、日暮れる景色には

たまらぬものがあります。

ひぐらしの泣く秋に

※本投稿はクモ画像を含んでいます。ご注意ください。

 

めっきり投稿が止まってしまいましたが、割と普通に元気です。

ライブマーケット出店に向けて鋭意作成中です。

追追、制作中の画像もアプして行こうかとおもいます。

 

先日、ちょっとした用事で、ついでに小幡緑地東園を散策。

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多分ヒグラシ(♀)かと。

赤く色づきはじめた木の葉と蝉の組み合わせってのはなんとも哀愁が漂います。

そんな季節なんです。

しみじみしつつ、散策再開。

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ちょっとグロいかもしんないですが、よく見かけるクモ、おそらく、

ジョロウグモの一種かと思います。

本来、捕食者であるはずのクモが前肢2本も根本から持って行かれるとは

一体なにがあったんですかねえ。

このクモ、おっきい個体と小さめの個体、2匹で同じ巣にいることが多いですね

おそらくおっきい方が雌でちっさい方が雄なんだろうなあ。

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山道を歩いていて木を見上げるとまたしてもクモ。獲物を捕まえたところらしい。

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まあ、自然の中に身を置けば当然のことなんですが、なんというか切ない。

 

さて、クモ画像ばっかでアレですね。

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やはり、飛んでる被写体は難しいですねえ。

 

秋らしくなってきていろんな所を散策するのも良いですね。

ただ、山、とかだと黄色と黒の危険な奴が飛んできたりしますから

要注意ですね。私もいきなりこっちに向かって飛んできて、とっさに思いっきり

後ろに飛び退いたら、遠ざかって行きました。

あんな、根っからの戦闘民族は相手にしていけない。

憤怒の蟻地獄

ども、また会いました。あじりです。

先日、あるイベントの受付係を急遽たのまれまして。

まあ、そういった仕事に関しては割合慣れてまして、

一日とくにコレといったトラブルもなく無事におわりそうだな

と思い始めた午後です。

 

とりあえず受付が一段落、会場をの様子を確認して受付に

戻って一息ついた瞬間、突然に、藪から棒に。

 

「内臓脂肪型肥満ですか?」と、こちらを見てます。

 

なんですか、初対面の人間に対して明らかにおかしい

その第一声。

 

まさか、タチの悪いマルチか何かですか?

警戒レベルを最大にして身構ます。

しかし、よくその風体を見てみるとおかしい、面白い方の

意味ではなくて。奇妙という意味の方です。


ひどくヨレヨレのシャツ。足下は私は商売人ではないので

見ませんでした。手には某安売り路線のファッションブランドの

ビニール袋。ついさっき買い物したから手に提げてるのではなくて、

手荷物を適当に詰めているようです。

 

まあ、誰でも入場自由なイベントですので、ラフな格好でも不思議では

ありません。しかし、それにしても、異様です。

だらしない学生さんでももうちょっとちゃんとした格好してます。

というか歳は30は超えていそうなんですが…。

変に事情通ぶって「××の人とかって来てるの?」聞いてきますが、

そんなことはこっちは関知していないので適当に対応する。

他にもいろいろ聞いてきますが、生返事で返す。

ようやく会場に入っていって一段落。

 

あれ何かおかしい…あ、

 

持って行かれた…。アイデアを持って行かれた~!!

 

その珍妙無礼な挨拶の瞬間の手前、受付に戻る際に、歩きながらブログの

ネタを一つ思いついたんです。

古くさい漫画的表現なら、ピコンと豆電球が光った状態です。

 

そのアイデアが脳内に記録されかけていた瞬間。矢先。

不意に変な刺激を受けて処理が中断して記録失敗ですよ。

 

くそう、返せよ、大事なアイデア返せよ~~!!

 

まっ、とりあえずそれは置いといて。

 

受付から「はよ還れ~はよ帰れ~」と念じつつ、時間経過。

また受付に来て絡んでくる。会場の展示についてあれこれ

聞いてくる。まともに取り合いたくないのでやんわりと

「知りません」「分かりません」「存じません」と対応。

 

とりあえず、案内の葉書を手渡しますと、その場で真っ二つに折り曲げて、

乱雑に袋に突っ込む。

 

なんですか、このデジャビュ感は?

 

ああ、そうだ、某元県知事が名刺を渡したら、役所の人がその場で

真っ二つに折ったのと似てます。

 

柔らかい、薄い紙ならまだしも、厚い小さめの紙を手渡したその場で

がっちりきっちりみっちりと折り曲げるのはどうなんですか。

 

で、ようやく、退場したかと思えば、くるっと踵を返す。

またこっちに来ます。すっと手を差し出して。何ですか一体?

 

「握手しましょう」

 

???????

 

もうね、意味分かりません。

 

ジャンルを問わず、イベントの受付いろいろとやった事ありますが、

いろんな人来ますよ。面白いですねえ。

 

多分、頭はそれほど悪くない、学校での成績もそこそこ良かったんじゃ

ないでしょうか。なんて想像してみたり、でもあそこまでアレだと、

会社の就職面接はおろか、バイト面接でも危ういなと。

 

まあ、なんか場違いな人は良く来ます。いわゆる空気を読めないという意味の

略語の人。それほど珍しくもないですね。

 

そいや、「カ行」で始まる言葉ってイメージよくないですね。

人気のない職種、職業を「3K」で表したりもしますし、何でしたっけ?

 

かしましい、かたくるしい、かたなし、かたぶつ、かいき、

 

き×がい、きたない、きけん、きなくさい、きもちわるい、

でもこれは、きもちいいでもあるか、

くやしい、くるしい、くだらない、くちおしい、

けだるい、けったい、けんたい、けんえん、

こぎたない、こずるい、こんなん、こんりんざい、

 

えーとオチないですね。まっいいか。

 

しかし、「空気を読む」ってのはどういうことでしょう。

 

ちょっと思うのですが、いわゆる普通、見えないものを

見る力を「霊感」や「第六感」と言ったりしますよね。

 

空気というのは目に見えません。まあ、音として聞く、

皮膚の感触で、温度差で感じる事ができるかもしれませんが、

でも、それは「読む」とは言わない気がします。

通常、読むという行為は視覚、目によって出来るものです。

 

某公共放送局で「明日を読む」というコラムが、今でもあるのか

存じませんが、ありました。

 

つまりこれは、「読む」というのは「想像して、予測する」といった意味も

含むと言うことではないでしょうか。あと「見る」と言う言葉にも「真実を見極める」

と、いったように単に視覚的に見るだけでなく、「真贋を判断する」という意味も

あるようです。

 

つまり、見えないものを見るんです。見えないものを読むんです。

 

ですから、「空気を読む力」ってのは「第六感」とも言えるんじゃないかと思います。

 

変なオチですね。あじりでした。

しょうたのひるごはん日記~都会のおにぎり編~

ども、ショウリョウバッタのしょうたです。

ごぶさたしてました。

所用で都会の街までお出かけで~。

 

で、お昼。何を食べようかと迷う。

 

別段、豪華にがっつりと言う訳でもない。

ただ、速度の速い、価格の安い、フードショップでは

ちょっとさみしい。

 

あと、昼時の飯屋で食後にすこし一服するような空気はあまり存在しない。

 

都会のコンクリートジャングルの一角に、すっぽりと空いた穴。空を望める公園。

 

ここで、弁当でも買って食べよう。

 

ここで問題。コスト、単に金額だけを第一に考えるならコンビニ。

それでは少し寂しい。

 

そこでここが都会の一等地という地の利を利用する。

都市の中心街にはだいたい百貨店が存在するもの。

 

旨い食べ物を求めるならデパ地下へ。

どうしても高いというイメージを払拭出来ないが、

よーくさがせば比較的安いものも結構ある。

 

おにぎり一個120~200円ほどで販売されていたりする。

コンビニと比べてもさほど価格差はない。

しかし、味はデパ地下の方が格段に上。

そしてコンビニでは基本的にやらない値引き。

午後一時を過ぎていたので200円のおにぎり50円引き。

チョイスしだいでは4個買ってもワンコイン。

 

…ちょっと欲張って5個買ってしまった。

飲み物はコンビニで500ミリリットル紙パックにして節約。

 

公園のベンチに座っておにぎりをほおばる。

ちょっとしわわせ。じゃなくてしあわせ。

 

やっぱし、コンビニのとはお米、具の美味しさが違う。

 

おいしいごはんはお腹だけでなくココロも満タンになる。

 

やっぱり4個でも良かった。ちょっと多すぎた…。

でも、いくらと明太子、どちらかを選ぶなんて事は僕には出来ない。

 

僕というより中の人がね。バッタはそんなの食べないから。

キリギリスだったら食べるかもしれないが。

 

しっかし、デパ地下は質を考慮に入れるとほんとコストパフォーマンス

が良い。

ただし、余計なものまで欲しくなる諸刃の剣。素人にはお勧めできない。

 

ウチの近くにないのが残念だ。

きょうというひのできごと

8月の最後の日曜日。巷ではお祭りですね。

嵐だというのに。

ああそうか、嵐だからこそお祭りなんだ。

 

ああ、なんか調子が出ない。

昨日、妄想力を使いすぎたかな。イメージが連鎖しない。

臨界点が遠い。臨終の時が遠いと思いたい。

 

ある目標に向けて作品を制作していたのですが、

できあがりかけた作品が思いのほか、良い形になりそう。

 

良いのは良いのですが、そのクオリティのものをその目標に

出すのはとても勿体ない気がしてきました。

 

作品を渡した先がちゃんと大事にしてくれるのかという疑問が

将棋真下、もとい生じました。大事にしてくれる可能性はないと

いうわけではないですが、無造作に投げ捨てられる可能性も

大きい。そもそもその目標のために作り始めたはずなのですが、

本末転倒。なんというか、愛着が強くなりすぎました。

大切なものだから、下手に傷物にされたくない。

そうでないとしても、自分の手から離す事はしたくない。

もうちょっと大事に育てたいなあと。

 

まあ、プロの仕事としてはどうなんでしょうね。

 

以下、今日という日のダイジェスト画像。↓

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平池に落ちていた羽根

 

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葉裏の虫

 

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片後ろ脚のない精霊飛蝗

 

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ひたひたと、音もなく忍び寄る秋の気配

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今宵の月

 

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ゴーヤの夜

ぼやきの蟻地獄

 

ネガティブでアクティブに。

 

初めまして。あじりです。

 

アリジゴクは前に進むことが出来ない。

 

でも、

 

前を向いていては見えない事がある。

大切なものは目に見えない。どこかの王子は確かそう呟いた。

そんな気がする。

 

目を頼るのは出来ることをすでに知っていることを、ただ出来るように

知ってるようにすることに他ならない。「見る」という一見ポジティブな

行為を言い訳に心の目を閉じている。

見ているが見ていない。それは大きなミステイク。

 

視覚を捨て去り、見えない、分からないという恐怖に打ち克ち、

第六感、心眼を開くこと。そこに新しい境地がある。

 

見ていないが、見えている。しかしそれは諸刃の剣。

 

ひたすらにポジティブを追求するのはただの阿呆。というよりも臆病者。

ネガティブでなければ見えない真実。ただ、真実とは残酷である。

 

そんなネガティブで残酷な世界で私はアクティブに生きる。生き抜きたい…

 

 

はい、気味の悪いポエムでした。う~ん、キャラとしてまだ仮想人格が

固まらないみたいですね。ま、いっか。あじりです。

下手な、似てないモノマネのように名前を連呼します。あじりです。

そんな訳で、雑談をします。あいじりです。

違いますタイプミスです。あじりです。

まっ、どうでもいっか。

 

さて、

 

冬場にしっくりきそうな定番カラオケソングを夏の終わりに歌って

いて気がついた、というよりも気になったんです。

 

ラブソングなのですが、歌詞の世界の中で「一億人から君を選んだんだ」

的な台詞のフレーズを言うんですが、一見、ドラマチックな良い表現だと

思いますが、ちょっと何かが気になるんです。

 

まず、なぜに「一億人」からなのかという疑問。いまの日本の総人口の

正確な数字は存じませんが、おそらくは一億二千万とか三千万人辺り

ではないですかねえ。ただその数字をそのままで使うと語呂が悪い。

で、千万人の桁を四捨五入して一億人。

 

そこでまた、問題です。一億人とは総人口のイメージですからその

なかには老若男女様々です。御年100歳を超えるけっこう元気な

おばあさまから、3歳のやんちゃな少年も、新橋のサラリーマンさんとか、

ちゃきちゃきのJKとか、渋谷の毛並みの悪いチャウチャウのような髪型の

お兄ちゃんとかも含まれてしまうのではないかと。

 

年の差はおろか、性別までも超越して恋愛対象とは、どんだけ

ストライクゾーンが広いというか、筋金入りの博愛主義者というか、

あらゆる可能性を無視しない末恐ろしいビリーバーなのかよと。

 

そんな「僕」に選ばれた「君」は相当すごいと思ってしまう。

 

まあ、かといって、適当に末広がりの8とか、縁起の良い奇数の7とか

でやろうとしてみたんですが…

「8人から選んだんだ」

「7人から探し出したんだ」

「7,8人の中から見つけた」

妙に親近感のある数字というか数の量、多さをイメージしやすい数であるために

やけに、妙に現実的すぎて違和感が強いです。といいますか、

ギャルゲの主人公ですかあなたは?という感じがします。

 

更に増やして、百人だとどうでしょう。

昔、某テレビクイズ番組にありましたよね、100人にあるテーマでアンケート

を取って、その中であった項目を回答者に答えさせる奴。

回答した際の「あるあるあるあるある」という観客の声援が特徴的ですね。

そいや、今でも放映中の某なんちゃらパークという番組の最後のダーツ

の時の一時期あった「くるま、くるま、くるま」「パ◆ェロ、◆ジェロ、パジェ◆」

のかけ声と似てますね。

えー、あっ、ちょっと待ってください、この番組も前述の番組も司会者の方同じですね。

 

そうか、ある種の人気番組には観客のかけ声ってありますね。

かけ声って結構、重要な要素なのかもしれません。確かに多いですね。

 

森田「今日は××ですね」

観客「そーですね」しかり、

 

司会「××の話、略して~、◆バナー」

観客「◆バナ~」とか、

 

あと、ちょっと違うかもしれませんが、「へぇ~」とか「ガッテン」とか。

 

閑話休題、話を戻して、百人というと他に

ちょっと昔に「もし地球が人口100人の村だったら」という話が流行ったり

しました。あとは「百人力」という言葉があったり、ムカデを「百足」と書いたり、

あと1世紀は100年ですね。

ある多い一定量、一瞬で数えられない量の事をおおざっぱに百と表現する事が

多いですね。まあ、そんなこんなで、やってみましょう。

 

「100人の中から君を発見しました」「100人の中にあなたがいた」

 

う~ん、ちょっと惜しいですかね。さっきよりはより現実的なイメージは薄らいで

います。えーと、同じ学校、いや、学年の中から選んだって感じですかね。

ちょっとドラマチック。使い方によってはアリな表現かもしれません。

 

さてでは次は千人ですか、あんましイメージが出てこないです。

 

えーと、例えば懸賞で「1000名様にプレゼント」と書いてあるとなんというか

これは結構当たるんじゃないかと、希望を持てる気がします。

あとは「千のかぜになって」という歌がありましたね。

うーん「かぜ」が1000ある状態とはどんなんでしょうね。分かりません。

なんだろう絶えずある感じですかねえ。

ちょっと視点を変えてみると、

「鶴は千年、亀は万年」「千客万来」というように千と万がセットになった言葉。

それが示す様に、もうここまで来るともうさほど違いがないんですかねえ。

物量、数量界の金メダル、銀メダルといったところですかねえ。

瞬間に数が浮かばないけどとにかく凄そうな気がするといった所ですか。

 

「1000人の中から君を捜しました」「そして1000人から君を見つけ出した」

 

どっかのちょっと規模の大きいイベントぐらいの規模ですかね。

あとはそう、規模の大きめな学校ならこれぐらいでしょうか。

ただ探すにしても大変そうです。でもまだ現実あり得なくのなさそうな

気がします。でも、そんな労力をかける情熱があるんですから悪い気は

しない気がします。

 

10000人ですか、前述の通りではありますが千とさほど差が感じられない

気がしますが、千円札一枚で買えるものと一万円札一枚で買えるものを

考えるとその差は実は大きいです。消費税を含まずにチ◆ルチョコ100個と

1000個です。100個ならまあ、だらだら食べれば一ヶ月ぐらいで無くなりそう

ですが、1000個となるともう、ちょっと苦痛を感じる量ですね。もうチロ◆なんて

食べたくないと思うに違いないです。何でこんなにあるんだと自問自答を繰り返す

事でしょう。

 

「一万人から君をみつめました」「一万人の中に君がいた」

地方都市が舞台の恋愛ですかね。もうここまでいけばもう大したものですが

どうしてもローカルなニュアンスを拭えない気がいたします。

 

一億についてはもう最初に述べてますので一個単位を飛び越えて

一兆。もう、数としてよく分かりません。

 

えっと、ウ◆トラマンに出てくるゼッ◆ンという怪獣の吐く炎が一兆度

という設定というのを某空想科学読本で読んだ気がします。

もうそんなデタラメな温度だともう、ウルト◆マンがやばいというような

レベルじゃなくて地球が危険だそうです。というかもう炎ではなくて

プラズマらしいですよ、私の記憶が確かなら。

 

「一兆人から君を発見した」「一兆人から君に巡り会った」

 

もうね馬鹿も休み休み言いましょう。人類の総人口ってざっくり

概算で100億人でしたっけ。実際もっと少ないでしょうか。浅学非才な

もので良くは存じません。気になる方は「世界総人口」でググってみれば

すぐ出てくるでしょう。

実際そんなに人いない。嘘なのはすぐに分かる。

 

こうして考えると一億人は丁度良い塩梅の数ではないでしょかね。

変にリアルな数字でもなく、あからさまに嘘っぽい数字でもないかと。

まあ、更に増やすとしたら、おそらく限界は100億人ですかね。

語呂的な意味でも。

 

でも、そうなるとまた難しいですね、浪略男女、もとい老若ニャンニョ、

いやいや、老若男女。すいませんタイプミスです。

年齢、男女はおろか、国籍、人種、母国語、既婚、未婚まで飛び越える

なんという大きな愛でしょう。あなたはどこの全知全能なる神様ですか。

全てがストライクゾーン。もはやこれではストライクという概念すら存在できない。

 

 

さて、

 

あじりとしての仮想人格を維持できる活動限界を超えてしまいました。

 

また機会があれば、あればですが、ま、いっか。

またお会いしましょう。あじりでした。

 

あ、そうそう、あくまでも、上記の投稿はフィクションであり実在の

ものとは何ら関係のない一個人の妄想から生じた創作にすぎません。

事実とは異なる情報を多分に含んでいます。

 

って中の人が言ってました。あじりでした。