憤怒の蟻地獄

ども、また会いました。あじりです。

先日、あるイベントの受付係を急遽たのまれまして。

まあ、そういった仕事に関しては割合慣れてまして、

一日とくにコレといったトラブルもなく無事におわりそうだな

と思い始めた午後です。

 

とりあえず受付が一段落、会場をの様子を確認して受付に

戻って一息ついた瞬間、突然に、藪から棒に。

 

「内臓脂肪型肥満ですか?」と、こちらを見てます。

 

なんですか、初対面の人間に対して明らかにおかしい

その第一声。

 

まさか、タチの悪いマルチか何かですか?

警戒レベルを最大にして身構ます。

しかし、よくその風体を見てみるとおかしい、面白い方の

意味ではなくて。奇妙という意味の方です。


ひどくヨレヨレのシャツ。足下は私は商売人ではないので

見ませんでした。手には某安売り路線のファッションブランドの

ビニール袋。ついさっき買い物したから手に提げてるのではなくて、

手荷物を適当に詰めているようです。

 

まあ、誰でも入場自由なイベントですので、ラフな格好でも不思議では

ありません。しかし、それにしても、異様です。

だらしない学生さんでももうちょっとちゃんとした格好してます。

というか歳は30は超えていそうなんですが…。

変に事情通ぶって「××の人とかって来てるの?」聞いてきますが、

そんなことはこっちは関知していないので適当に対応する。

他にもいろいろ聞いてきますが、生返事で返す。

ようやく会場に入っていって一段落。

 

あれ何かおかしい…あ、

 

持って行かれた…。アイデアを持って行かれた~!!

 

その珍妙無礼な挨拶の瞬間の手前、受付に戻る際に、歩きながらブログの

ネタを一つ思いついたんです。

古くさい漫画的表現なら、ピコンと豆電球が光った状態です。

 

そのアイデアが脳内に記録されかけていた瞬間。矢先。

不意に変な刺激を受けて処理が中断して記録失敗ですよ。

 

くそう、返せよ、大事なアイデア返せよ~~!!

 

まっ、とりあえずそれは置いといて。

 

受付から「はよ還れ~はよ帰れ~」と念じつつ、時間経過。

また受付に来て絡んでくる。会場の展示についてあれこれ

聞いてくる。まともに取り合いたくないのでやんわりと

「知りません」「分かりません」「存じません」と対応。

 

とりあえず、案内の葉書を手渡しますと、その場で真っ二つに折り曲げて、

乱雑に袋に突っ込む。

 

なんですか、このデジャビュ感は?

 

ああ、そうだ、某元県知事が名刺を渡したら、役所の人がその場で

真っ二つに折ったのと似てます。

 

柔らかい、薄い紙ならまだしも、厚い小さめの紙を手渡したその場で

がっちりきっちりみっちりと折り曲げるのはどうなんですか。

 

で、ようやく、退場したかと思えば、くるっと踵を返す。

またこっちに来ます。すっと手を差し出して。何ですか一体?

 

「握手しましょう」

 

???????

 

もうね、意味分かりません。

 

ジャンルを問わず、イベントの受付いろいろとやった事ありますが、

いろんな人来ますよ。面白いですねえ。

 

多分、頭はそれほど悪くない、学校での成績もそこそこ良かったんじゃ

ないでしょうか。なんて想像してみたり、でもあそこまでアレだと、

会社の就職面接はおろか、バイト面接でも危ういなと。

 

まあ、なんか場違いな人は良く来ます。いわゆる空気を読めないという意味の

略語の人。それほど珍しくもないですね。

 

そいや、「カ行」で始まる言葉ってイメージよくないですね。

人気のない職種、職業を「3K」で表したりもしますし、何でしたっけ?

 

かしましい、かたくるしい、かたなし、かたぶつ、かいき、

 

き×がい、きたない、きけん、きなくさい、きもちわるい、

でもこれは、きもちいいでもあるか、

くやしい、くるしい、くだらない、くちおしい、

けだるい、けったい、けんたい、けんえん、

こぎたない、こずるい、こんなん、こんりんざい、

 

えーとオチないですね。まっいいか。

 

しかし、「空気を読む」ってのはどういうことでしょう。

 

ちょっと思うのですが、いわゆる普通、見えないものを

見る力を「霊感」や「第六感」と言ったりしますよね。

 

空気というのは目に見えません。まあ、音として聞く、

皮膚の感触で、温度差で感じる事ができるかもしれませんが、

でも、それは「読む」とは言わない気がします。

通常、読むという行為は視覚、目によって出来るものです。

 

某公共放送局で「明日を読む」というコラムが、今でもあるのか

存じませんが、ありました。

 

つまりこれは、「読む」というのは「想像して、予測する」といった意味も

含むと言うことではないでしょうか。あと「見る」と言う言葉にも「真実を見極める」

と、いったように単に視覚的に見るだけでなく、「真贋を判断する」という意味も

あるようです。

 

つまり、見えないものを見るんです。見えないものを読むんです。

 

ですから、「空気を読む力」ってのは「第六感」とも言えるんじゃないかと思います。

 

変なオチですね。あじりでした。

しょうたのひるごはん日記~都会のおにぎり編~

ども、ショウリョウバッタのしょうたです。

ごぶさたしてました。

所用で都会の街までお出かけで~。

 

で、お昼。何を食べようかと迷う。

 

別段、豪華にがっつりと言う訳でもない。

ただ、速度の速い、価格の安い、フードショップでは

ちょっとさみしい。

 

あと、昼時の飯屋で食後にすこし一服するような空気はあまり存在しない。

 

都会のコンクリートジャングルの一角に、すっぽりと空いた穴。空を望める公園。

 

ここで、弁当でも買って食べよう。

 

ここで問題。コスト、単に金額だけを第一に考えるならコンビニ。

それでは少し寂しい。

 

そこでここが都会の一等地という地の利を利用する。

都市の中心街にはだいたい百貨店が存在するもの。

 

旨い食べ物を求めるならデパ地下へ。

どうしても高いというイメージを払拭出来ないが、

よーくさがせば比較的安いものも結構ある。

 

おにぎり一個120~200円ほどで販売されていたりする。

コンビニと比べてもさほど価格差はない。

しかし、味はデパ地下の方が格段に上。

そしてコンビニでは基本的にやらない値引き。

午後一時を過ぎていたので200円のおにぎり50円引き。

チョイスしだいでは4個買ってもワンコイン。

 

…ちょっと欲張って5個買ってしまった。

飲み物はコンビニで500ミリリットル紙パックにして節約。

 

公園のベンチに座っておにぎりをほおばる。

ちょっとしわわせ。じゃなくてしあわせ。

 

やっぱし、コンビニのとはお米、具の美味しさが違う。

 

おいしいごはんはお腹だけでなくココロも満タンになる。

 

やっぱり4個でも良かった。ちょっと多すぎた…。

でも、いくらと明太子、どちらかを選ぶなんて事は僕には出来ない。

 

僕というより中の人がね。バッタはそんなの食べないから。

キリギリスだったら食べるかもしれないが。

 

しっかし、デパ地下は質を考慮に入れるとほんとコストパフォーマンス

が良い。

ただし、余計なものまで欲しくなる諸刃の剣。素人にはお勧めできない。

 

ウチの近くにないのが残念だ。

きょうというひのできごと

8月の最後の日曜日。巷ではお祭りですね。

嵐だというのに。

ああそうか、嵐だからこそお祭りなんだ。

 

ああ、なんか調子が出ない。

昨日、妄想力を使いすぎたかな。イメージが連鎖しない。

臨界点が遠い。臨終の時が遠いと思いたい。

 

ある目標に向けて作品を制作していたのですが、

できあがりかけた作品が思いのほか、良い形になりそう。

 

良いのは良いのですが、そのクオリティのものをその目標に

出すのはとても勿体ない気がしてきました。

 

作品を渡した先がちゃんと大事にしてくれるのかという疑問が

将棋真下、もとい生じました。大事にしてくれる可能性はないと

いうわけではないですが、無造作に投げ捨てられる可能性も

大きい。そもそもその目標のために作り始めたはずなのですが、

本末転倒。なんというか、愛着が強くなりすぎました。

大切なものだから、下手に傷物にされたくない。

そうでないとしても、自分の手から離す事はしたくない。

もうちょっと大事に育てたいなあと。

 

まあ、プロの仕事としてはどうなんでしょうね。

 

以下、今日という日のダイジェスト画像。↓

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平池に落ちていた羽根

 

DSC_3727

葉裏の虫

 

DSC_3735

片後ろ脚のない精霊飛蝗

 

DSC_3786

ひたひたと、音もなく忍び寄る秋の気配

DSC_3821

今宵の月

 

DSC_3854

ゴーヤの夜

ぼやきの蟻地獄

 

ネガティブでアクティブに。

 

初めまして。あじりです。

 

アリジゴクは前に進むことが出来ない。

 

でも、

 

前を向いていては見えない事がある。

大切なものは目に見えない。どこかの王子は確かそう呟いた。

そんな気がする。

 

目を頼るのは出来ることをすでに知っていることを、ただ出来るように

知ってるようにすることに他ならない。「見る」という一見ポジティブな

行為を言い訳に心の目を閉じている。

見ているが見ていない。それは大きなミステイク。

 

視覚を捨て去り、見えない、分からないという恐怖に打ち克ち、

第六感、心眼を開くこと。そこに新しい境地がある。

 

見ていないが、見えている。しかしそれは諸刃の剣。

 

ひたすらにポジティブを追求するのはただの阿呆。というよりも臆病者。

ネガティブでなければ見えない真実。ただ、真実とは残酷である。

 

そんなネガティブで残酷な世界で私はアクティブに生きる。生き抜きたい…

 

 

はい、気味の悪いポエムでした。う~ん、キャラとしてまだ仮想人格が

固まらないみたいですね。ま、いっか。あじりです。

下手な、似てないモノマネのように名前を連呼します。あじりです。

そんな訳で、雑談をします。あいじりです。

違いますタイプミスです。あじりです。

まっ、どうでもいっか。

 

さて、

 

冬場にしっくりきそうな定番カラオケソングを夏の終わりに歌って

いて気がついた、というよりも気になったんです。

 

ラブソングなのですが、歌詞の世界の中で「一億人から君を選んだんだ」

的な台詞のフレーズを言うんですが、一見、ドラマチックな良い表現だと

思いますが、ちょっと何かが気になるんです。

 

まず、なぜに「一億人」からなのかという疑問。いまの日本の総人口の

正確な数字は存じませんが、おそらくは一億二千万とか三千万人辺り

ではないですかねえ。ただその数字をそのままで使うと語呂が悪い。

で、千万人の桁を四捨五入して一億人。

 

そこでまた、問題です。一億人とは総人口のイメージですからその

なかには老若男女様々です。御年100歳を超えるけっこう元気な

おばあさまから、3歳のやんちゃな少年も、新橋のサラリーマンさんとか、

ちゃきちゃきのJKとか、渋谷の毛並みの悪いチャウチャウのような髪型の

お兄ちゃんとかも含まれてしまうのではないかと。

 

年の差はおろか、性別までも超越して恋愛対象とは、どんだけ

ストライクゾーンが広いというか、筋金入りの博愛主義者というか、

あらゆる可能性を無視しない末恐ろしいビリーバーなのかよと。

 

そんな「僕」に選ばれた「君」は相当すごいと思ってしまう。

 

まあ、かといって、適当に末広がりの8とか、縁起の良い奇数の7とか

でやろうとしてみたんですが…

「8人から選んだんだ」

「7人から探し出したんだ」

「7,8人の中から見つけた」

妙に親近感のある数字というか数の量、多さをイメージしやすい数であるために

やけに、妙に現実的すぎて違和感が強いです。といいますか、

ギャルゲの主人公ですかあなたは?という感じがします。

 

更に増やして、百人だとどうでしょう。

昔、某テレビクイズ番組にありましたよね、100人にあるテーマでアンケート

を取って、その中であった項目を回答者に答えさせる奴。

回答した際の「あるあるあるあるある」という観客の声援が特徴的ですね。

そいや、今でも放映中の某なんちゃらパークという番組の最後のダーツ

の時の一時期あった「くるま、くるま、くるま」「パ◆ェロ、◆ジェロ、パジェ◆」

のかけ声と似てますね。

えー、あっ、ちょっと待ってください、この番組も前述の番組も司会者の方同じですね。

 

そうか、ある種の人気番組には観客のかけ声ってありますね。

かけ声って結構、重要な要素なのかもしれません。確かに多いですね。

 

森田「今日は××ですね」

観客「そーですね」しかり、

 

司会「××の話、略して~、◆バナー」

観客「◆バナ~」とか、

 

あと、ちょっと違うかもしれませんが、「へぇ~」とか「ガッテン」とか。

 

閑話休題、話を戻して、百人というと他に

ちょっと昔に「もし地球が人口100人の村だったら」という話が流行ったり

しました。あとは「百人力」という言葉があったり、ムカデを「百足」と書いたり、

あと1世紀は100年ですね。

ある多い一定量、一瞬で数えられない量の事をおおざっぱに百と表現する事が

多いですね。まあ、そんなこんなで、やってみましょう。

 

「100人の中から君を発見しました」「100人の中にあなたがいた」

 

う~ん、ちょっと惜しいですかね。さっきよりはより現実的なイメージは薄らいで

います。えーと、同じ学校、いや、学年の中から選んだって感じですかね。

ちょっとドラマチック。使い方によってはアリな表現かもしれません。

 

さてでは次は千人ですか、あんましイメージが出てこないです。

 

えーと、例えば懸賞で「1000名様にプレゼント」と書いてあるとなんというか

これは結構当たるんじゃないかと、希望を持てる気がします。

あとは「千のかぜになって」という歌がありましたね。

うーん「かぜ」が1000ある状態とはどんなんでしょうね。分かりません。

なんだろう絶えずある感じですかねえ。

ちょっと視点を変えてみると、

「鶴は千年、亀は万年」「千客万来」というように千と万がセットになった言葉。

それが示す様に、もうここまで来るともうさほど違いがないんですかねえ。

物量、数量界の金メダル、銀メダルといったところですかねえ。

瞬間に数が浮かばないけどとにかく凄そうな気がするといった所ですか。

 

「1000人の中から君を捜しました」「そして1000人から君を見つけ出した」

 

どっかのちょっと規模の大きいイベントぐらいの規模ですかね。

あとはそう、規模の大きめな学校ならこれぐらいでしょうか。

ただ探すにしても大変そうです。でもまだ現実あり得なくのなさそうな

気がします。でも、そんな労力をかける情熱があるんですから悪い気は

しない気がします。

 

10000人ですか、前述の通りではありますが千とさほど差が感じられない

気がしますが、千円札一枚で買えるものと一万円札一枚で買えるものを

考えるとその差は実は大きいです。消費税を含まずにチ◆ルチョコ100個と

1000個です。100個ならまあ、だらだら食べれば一ヶ月ぐらいで無くなりそう

ですが、1000個となるともう、ちょっと苦痛を感じる量ですね。もうチロ◆なんて

食べたくないと思うに違いないです。何でこんなにあるんだと自問自答を繰り返す

事でしょう。

 

「一万人から君をみつめました」「一万人の中に君がいた」

地方都市が舞台の恋愛ですかね。もうここまでいけばもう大したものですが

どうしてもローカルなニュアンスを拭えない気がいたします。

 

一億についてはもう最初に述べてますので一個単位を飛び越えて

一兆。もう、数としてよく分かりません。

 

えっと、ウ◆トラマンに出てくるゼッ◆ンという怪獣の吐く炎が一兆度

という設定というのを某空想科学読本で読んだ気がします。

もうそんなデタラメな温度だともう、ウルト◆マンがやばいというような

レベルじゃなくて地球が危険だそうです。というかもう炎ではなくて

プラズマらしいですよ、私の記憶が確かなら。

 

「一兆人から君を発見した」「一兆人から君に巡り会った」

 

もうね馬鹿も休み休み言いましょう。人類の総人口ってざっくり

概算で100億人でしたっけ。実際もっと少ないでしょうか。浅学非才な

もので良くは存じません。気になる方は「世界総人口」でググってみれば

すぐ出てくるでしょう。

実際そんなに人いない。嘘なのはすぐに分かる。

 

こうして考えると一億人は丁度良い塩梅の数ではないでしょかね。

変にリアルな数字でもなく、あからさまに嘘っぽい数字でもないかと。

まあ、更に増やすとしたら、おそらく限界は100億人ですかね。

語呂的な意味でも。

 

でも、そうなるとまた難しいですね、浪略男女、もとい老若ニャンニョ、

いやいや、老若男女。すいませんタイプミスです。

年齢、男女はおろか、国籍、人種、母国語、既婚、未婚まで飛び越える

なんという大きな愛でしょう。あなたはどこの全知全能なる神様ですか。

全てがストライクゾーン。もはやこれではストライクという概念すら存在できない。

 

 

さて、

 

あじりとしての仮想人格を維持できる活動限界を超えてしまいました。

 

また機会があれば、あればですが、ま、いっか。

またお会いしましょう。あじりでした。

 

あ、そうそう、あくまでも、上記の投稿はフィクションであり実在の

ものとは何ら関係のない一個人の妄想から生じた創作にすぎません。

事実とは異なる情報を多分に含んでいます。

 

って中の人が言ってました。あじりでした。

虫の鑑定団

ウィザードリィというコンピューターゲームがあります。

RPG=ロールプレイングというジャンルのゲームにおいて

世界的に有名ですねえ。細かいことは詳しくないんですが

歴史の長いゲームで、何本も続編が出ていて、社会現象を

引き起こした国産の某大作ゲームにも多大な影響を与えている

ようです。

 

シリーズによって多少の違いはあるかと思いますが、

モンスター(魔物)の闊歩する迷宮(ダンジョン)の奥深くに潜む

賞金首、またはそこに眠る財宝を求めて、様々な種族、職業、価値観の

キャラクター(仲間)でパーティ(探索隊)を組んで迷宮を冒険する。

 

冒険に使用する様々なアイテム(道具)のほとんどは迷宮内の魔物を倒すと

落とす(ドロップする)宝箱から手に入れます。

 

手に入れたままの状態ではおおざっぱなジャンル、例えば剣、指輪といった

具合にしか分からない。そこで、アイテムを鑑定して判別するという必要が

あり、それはビショップという職業の技能か、魔法とか、あとは確か

冒険者が利用している商店に依頼するという方法もあったと思います。

まあ、ただ、記憶が曖昧なので間違いかもしれませんが。

 

まあ、ゲームの話はそんな大事じゃないんですが、最近、昆虫というか

虫の写真をやたら撮りまくっているんですが、その画像を整理する上で

どういう虫かを調べる必要がありまして。とくに固有の名前ね。

 

この虫の名前を調べる作業をしているとその「鑑定」みたいだなあと。

 

写真を撮る場所(ロケーション)は迷宮(ダンジョン)。

被写体(ターゲット)は魔物(モンスター)。

探し回って遭遇(エンカウント)。

シャッターを切るのは戦闘(バトル)。

ベストショットは会心の一撃(クリティカルヒット)

撮った画像(ピクチャー)は財宝(トレジャー)。

 

 

コガネとか、バッタとか、クモやら、チョウやらだいたいの科の辺りは鑑定は

できるけど、それ以上となると中々大変ですね。手元にある有力な資料は

昆虫のポケット図鑑なので説明が不十分だったり、記載されていない虫が

あったりで、不十分。

 

ネット上でも図鑑はいろいろとあるんですが、こちらも、ナニブン、無料で

見られるものですから、なかなか該当するものが見当たらない事も多々あります。

 

撮った写真と図鑑の写真、イラストを見比べて一番特徴が一致している

ものを選択する。姿が似通ったものは解説文の体長、出没する地形、時期

で推測をだすのですが、似てるものが多いともう大変ね。例えばヒョウモンなんたら

という蝶はポケット図鑑でも10種類ぐらい載ってて、特徴らしい特徴を見つけるのが

大変。

 

その虫が成虫の状態ならいざ知らず、幼虫の状態だともうね、わかんないですよ。

基本的に成虫の状態しか載ってない。ポケット図鑑。

 

かといって本格的な昆虫図鑑はね、値段がね。

中身を確かめられない高価なものはとても買えないですし。

 

まあ、それは置いといて、ここ最近撮った画像↓↓

 

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ゾウムシ?

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マメコガネと花

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たぶんバッタの幼虫

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セセリチョウ

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おそらくウラギンヒョウモン

 

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ナガコガネグモ

 

DSC_2893

アブ?

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ナナホシテントウVSエゾアカヤマアリ

 

枚数大杉ですね、ここいらで止めときます。

載せたい画像は山ほどあるのでキリなしだし。

 

ああ、あの虫のあの画像も載せたい~。

 

ですので単独で投稿にネタしてしまおう。

 

しっかし、ここんとこの撮影枚数がとんでもないことになってるなあ。

一日100枚以上のペース…

今のカメラ買って1年と2ヶ月ぐらい。現在、通算23500枚を超えました。

今月に至っては今現在で3550枚超えてます。

日に日にペースが早くなってるねえ。どこまで行くんだろう。

 

ともかく画像を整理する時間がかかって仕方ない。

なんとかならないもんだろうかね。

衝撃の瞬間

先日、おそらく渓流、山の中の小川ですかねえ。

そこを歩いているとすごいものを見たんです。

 

なんと、

 

川を泳ぐイカがいたんですよ。

真っ白いスルメイカ。

 

え~

 

しっかし、

 

淡水でも生きられるイカなんているんだっけか?

 

 

まあ、目を閉じて見る方の夢の中での話なんですけどね。

って、夢オチですかい。

 

寝るときはテレビをちゃんと切ろう。

おかしな夢を見る確率が格段に上がる。

 

まあ、よく、「別に眠るんじゃなくて、すこし横になって休むだけだ」

と寝入ってしまうことは日常茶飯事だったりする。

殺伐の大地

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もう少し早く気がついていれば良かったのかもしれない。

ベランダの里芋の葉の色が最近良くないなと思って

よくよく観てみると、極微少な、夥しい虫の群れが…

体長は大きい個体でも1ミリにも到底満たない。本当に小さい。

ダニのような類だろうか。手元のポケット図鑑では調べようもない。

丸いのは卵であろうか?赤い個体は何だろうか?

蜘蛛のように糸を張り巡らしているようにも見える。

DSC_3100

とりあえずせっかくなので撮影しておいて、あとは処理を

しないと。

 

こいつらはこいつらなりにコロニーを形成して、ある種の社会とも

呼べるかもしれないものを営んでいるのかもしれない。

 

それでも、私にとっては害虫でしかない訳で。

 

このまま放置すれば里芋の生育に悪影響なのは明白。

 

最悪、枯れてしまう可能性は大いにある。

 

ちょっと前に。

大根葉の茎、根元に入り込んで食い荒らすタイプの芋虫がいた。

そいつは茎のごく一部をかじってるに過ぎないが、根幹部分を

食われては、其の先の茎、葉の部分は枯れていく。

新しい芽も生えてすぐに食われて成長できない。

こうなってはもうその株は枯れるしかない。

 

一見目立たない部分にいる分、外敵に見つからない。

生存してゆくにはとても賢い選択ともいえる。

 

虫、生物ってのは、えさになるものがあればそこに生じ、見境なく貪る。

大多数で貪り食い尽くしてしまえばだれも生き残れないはずなのに。

 

そういった事を予見するような能力は虫にはない。そこで大量に死んだとしても

どこかで生き残った個体があればそれを元にしてまた数を増やす。

 

そう言う繰り返しの結果、自然は調和しているのであって、自然という

状態はそれほど甘いものではない。「みんな仲良く手をつないで平和」

なんてものは存在しないのだろう。

 

平和ってのは、秩序ってのは、そこにただ漠然と発生しているものではなくて、

だれかが明確な意志を持って行動しているからこそ維持される。

 

まあ、よくある説教ネタに、「人間ってのは他の生命を頂いて生きている」系

な話がありますが、肉、魚についてはそれは割とよく分かりますが、野菜に関しては

ちょっとそいうのはあんまし実感できないもんであります。

 

しかし、

農作物ってのはそれに群がる害虫、害獣を大量に駆逐し、排除して、その結果

収穫し食卓に上るわけです。

 

まあ、それに感謝するのは個人の自由かもしれない。ただ、直接に手を

下していないだけで、生きるものを大量に殺してる事には変わりないですね。

 

野菜って食品はある意味、場合によっては肉魚よりも、数の上では大量の

生命を殺した上でできているものかもしれないですよ。

 

「一寸の虫にも五分の魂」という言葉もありますし。

 

なんか、やっぱし、ベジタリアンにはあんまし共感できない。

 

まあ、どうあれ、食べ物は粗末にせず、大事に食せという事ですかねえ。

調理をする手間も馬鹿にならんですよ。

輸送、加工にどんだけco2を排出してるのかも無視できない。

 

なんか説教くさいオチになってしまったなあ。