苦痛を乗り越えて歓喜に至る。Leading to psychological distress to overcome.

散歩がてら考えた…。



Residential areas where rice fields beyond.




精神的な問題かと思えば、単に体調が悪いだけだったり、体調が悪いのだと思ったら、精神的な
問題、ストレス性のものだった。

はたまた、精神的な都合だと考えていたら単に金銭的な問題だった。

人の好き嫌い、恋愛感情も思い返せば勘違いだったなんてこともあると言えばある。

人間は勘違いしてるというか、自分に都合の悪いことを自分にばれないように自分に嘘を付く。

案外、自分の本心ほど見えてこないものもないのかもしれません。

ま、主観ですけどね。



High-tension wire towers.




そもそもの発端が嘘であれ本当であれ、そんなんは詮無いこと。

本当に重要なのは思い込める事、信じられること。それを曲げないこと。

そう決断できる事は大事だし、大切だし、それはとても貴重な財産であるはず。


Tower overlooking.





パルプというのは弱い素材なのかもしれません。でも、弱いからこそ出来ることはあるはずです。

自分の中で、たかがパルプだと、取るに足らない素材だと、ネガティブに考えてしまう自分が
いることを否定はしません。

しかし、本当に弱いのは自分自身でもあるのではないかと。パルプがダメだと思うのは、自分が
ダメだから。

徹し切れていないから。覚悟が足りないから。弱いと思える現状を甘んじて受けて、それを
スケープゴートにして逃げている。素材が弱いんじゃない、自分の心が弱いだけなんだと。



Tomei Expressway under the flyover.



いつぞやの自分とあんまし変わってないなあ。

以前に、代参加したGEISAIで開催中なのに観てる人そっちのけで下らない自問自答を
したなあと思い出してみる。


自己の不甲斐なさを悩むと言うことは、自分がその程度ではないと信じているから悩むんだよねえ。
自分を信じてるんだからそれはひとつの自信だよなあ。
なんだ、ちゃんと自信もってんじゃん。


そんな結論がふと出てきて、ケロッとしてましたが。



ま、何かをしようとするといろんな事を考えるものです。


さて、ここ最近のモヤモヤもこれでスッキリしたので、明日から、正確には今日から
インスピレーションで、スピード感を大事に、あげて参りましょうかねえ。



Mark MARUHACI and bud swell


箱をつくろう。作品を入れよう。Make the box. Put to work.

顔の見えるコミュニケーション。という言い方があるよね。

飾らない、正直な、分かり易い、安心出来る。

作る側の人間ってのはさ、結構シャイだし、人前に立つなんてことは極力避けたい、
自分の写真を撮りたくない。鏡で自分もあまり見たくない。

初めて自分の声を録音とかして聞いて、その変な声にびっくりして、その後、聞いた事がない。

などなど、

そもそもさ、普通のコミュニケーションが普通にできる人間がわざわざ作品で語ろうと
するということは少ないかなあ。

まあ、自意識過剰なのは否定しないけど、人生のいろんなシーンで数々の失敗とかトラウマを
経験してくるとさ、他人は全く気にしていない事がとても恥ずかしい、場合によっては恐怖し、
そういう場面に遭遇しようならば脱兎の如く駆けて回避…。

ってことがクリエーターとか、作家とか職人というジャンルの人には多いと思うんです。(自分含む)

わざわざブログとかTwitterとかFacebookで本名、正確には平仮名なのでペンネームとも
言えなくもないですが、顔でも晒した方がよいのかなあとも最近は考えたりもするのですが、

下手にネットの匿名社会を知ってるだけに怖いという思いは捨てきれないかもな。

と、いってもまあ、愚行だけど…。いや、まだ行動はしてないから愚考だけどね。


以下、制作日誌。










立体の作品はちゃんと箱まで作れたら一人前。というのを学生時代の遠い記憶で聞いたような
感じがあるのだけれども。

まあ、日常使用なインテリア、イスとか机とかは、別段、さほど必要で無いような気がしますが、
といっても、運搬用の梱包は必要だけど。

置物、特に季節性の高いものは箱がないと取り回しが不便じゃないかと思います。


ですから、オブジェな作品は箱もあってこそきちんとした完成品なのかもしんないです。

あれですよ、マニアは箱をきっちりととっておくし、それどころか未開封にしたりするよね。

絵画、特に洋画だと額装って重要ですよね。歴史ある重厚な絵画は立派な額装も含めて
作品としての威厳がでますし。


だから箱って大事じゃないかな。などと最近は考えてます。

いや、すいません、嘘です。ついさっき、ひらめきました。



どうしても、若いクリエーターってのは数作ろうとして、箱なんかは後回しにするきらいがあります。

ええ、ぶっちゃけていいますと昔の、いや、割と最近、昨日までの私です。



そいや、院生の時に細々とした作品を運ぶ箱を既製品というか、使用済みの段ボールを
利用してたんですが、

それは一手間かけて、段ボール箱を一回たたんで、接着されている箇所を一旦
はがして一枚のペラな段ボールに戻し、

今度は表裏をひっくり返してまっさらな感じの段ボール箱みたいにして、その裏だった
表面にマジックで落書きみたいに内容物をなぐり描きしたんですが、

どなたでしたか、忘却の彼方ですが、「あれいいですね」と言ってくださいまして…。



と、上記のようなエピソードを思い出してみました。回想シーン終了。


きたる3月のGEISAI#15では作品は梱包して宅配便で搬入予定なのであまり分量を多く
できないので、

極力、荷物は減らしたい。そこいらを上手く圧縮するための、箱なのですよ。

できれば、箱をきっちり塗装とかしたいけど、まあ、どうなるやら。

ああ、そうだ、パルプの鞄も新しく作りたいなあ。使い勝手の良いのを。

とかく、テンションをあげていかないとなあ。

風邪なんかズルズルと引いてるばやいじゃないな。

ジグザグ思索、ジグザグ試作。-Thinking zigzag, zigzag trial.-


暦の上では春。植物の芽も膨らみだしてきたけど、活気づくにはまだちょっと先。
いつもの小幡緑地東園で見つけた、冬の終わり。



Tree nuts of survived the winter winds and snows
Tree nuts of survived the winter winds and snows posted by (C)かゆきゅう

Survived the winter leaves
Survived the winter leaves posted by (C)かゆきゅう


冬の冷たい風、凍える重たい雪にも耐えて、ボロボロになった木の実と、落ち葉。
冬っぽいけど、本当に終わりの方の晩冬という風情だねえ。

2月はスケジュールが詰まってるという感じではないけど、その先に向けての準備を
怠りなく、抜かりなくこなしていかないとなあ。

ただでさえ通常の一ヶ月よりも短いし。

と、言いつつも、優先度から行くと、作業内容に問題ありだなあ。
制作というよりも実験の色合いが強い。


Dyed orange cat
Dyed orange cat posted by (C)かゆきゅう

Who is our prayer or supplication
Who is our prayer or supplication posted by (C)かゆきゅう

卵の殻を砕いた粉末をなんちゃって胡粉にしているのは以前にもブログなどにのっけて
たと思いますが、それに、蜜柑の皮を粉末にしたものを混ぜて黄色い顔料?を作ってみました。

まあ、粉末の粒子がお手製なので粗いのですが、それがよいムラっけになってて割とよさげです。
後は、耐久性がどの程度なのかですが、どうだろうなあ。植物性の原料は劣化が早そうだけど。

あと、ちいさい造形物、さしずめ、サムネイルモデルとでも言いましょうか、オリジナルの縁起物を
模索中。見上げて祈るというか媚びるポーズをいろいろと実験。

開運展の時に、見上げてるたぬきとかのお客さんの反応が良かったので、こういう方向性は
ありじゃないかなと思ってますが。ちなみに年賀状のネタにしたウサギのオブジェの「見上げウサギ」
も、実はこの一連の流れの実験であったりします。

まあ、祈るポーズというとカマキリを思い出すので一匹だけカマキリがいたり。元ネタは
カマキリの英語名ということで。

ここで、昆虫ネタに繋がるというのも面白いなあ。自分的に。個人的に。

ほんと、制作をやってると過去に作ったもの、経験が今、制作中のものにどんぴしゃで関連性が
出るというか、知らないうちにその前段階をやっていたことに自分で驚いたりもする。


繋がってないようで繋がってる。関係ないようで関係している。

いやー人生って御脆いねえ、いや、オモロイねえ。

て、こういう試作よりも、GEISAI#15に向けての準備でいろいろな箱を作らんといかんのになあ。
明日から、気張っていこうかねえ。


節分、鬼来る?-Setsubun, demons come?-

今年も何とか間に合いました。

と、言っても去年の鬼のリファインでしかないですが、見比べるとかなり変わりましたねえ。

DSC_4995r
DSC_4999r

もともとはフィクション展の作品の人形がベースだと分かる人には分かりますが、今回、こうなりました。

DSC_1424
DSC_1424 posted by (C)かゆきゅう




金棒部分は去年は間に合わず、後日完成したんですが、たしか画像はアプしていなかったはず。
なかなか凶悪な感じの鬼に仕上がりました。


あと、こんな診断も作ってみた。


「節分記念。オニ度判定。 http://shindanmaker.com/84191


節分というと、鬼のイメージが強いですが、「おたふく」もありますとねえ。
来年はそっちを作りたいなあ。縁起物というとやっぱそっちだし。

って、言ってると鬼が笑ったりしてねえ。
くだらない診断を作るに当たっては鬼の付く言葉を調べてまして。何となく
鬼という言葉の使われ方の変化が見えてきたような気がします。

そもそもが、隠が鬼に変わって、見えないモノ、死んだ人間、幽霊のようなものだったのが、
酒呑童子に代表されるような、凶悪な悪魔のようなイメージになって、割合最近になると
その強い、強烈なイメージから「すごい」という割合、プラスな、ポジティブな意味を持つ
ようになってますねえ。オニヤバとかオニダチとか。

ま、言葉というのは常に変化し続けるようで。

禍福はあざなえる縄のごとし。災い転じて福となす。一見、マイナスに思えるモノでも
見方を変えれば良いモノであったりします。

幸福を知るには不幸を経験しなきゃ理解できない。まあ、あえて不幸になるまでもない
とは思いますけど。

要は、バランスですかねえ。


と、ウナギに鬼のすみかを案内してもらって、鬼退治をしたという武士の末裔がお送りしました~。

Fading Memories of Winter

消えゆく冬を惜しみつつ、来たるべく春の陽気と、ついでにやってくる20倍杉花粉を思う。


Snow remaining on the leaves
Snow remaining on the leaves posted by (C)かゆきゅう

Wet snow
Wet snow posted by (C)かゆきゅう

Freezing Bench
Freezing Bench posted by (C)かゆきゅう

Couples cuddle on a bench
Couples cuddle on a bench posted by (C)かゆきゅう

Fading Destiny
Fading Destiny posted by (C)かゆきゅう

mud Snowmen
mud Snowmen posted by (C)かゆきゅう

Icy snowy road
Icy snowy road posted by (C)かゆきゅう

Icy snowy road 2
Icy snowy road 2 posted by (C)かゆきゅう

Melted snow and acorn
Melted snow and acorn posted by (C)かゆきゅう

Crash landing
Crash landing posted by (C)かゆきゅう

Bud break through the winter
Bud break through the winter posted by (C)かゆきゅう

さて、私が、パルプ造形を制作し始めたのは大学四年次の秋から
デザイン科の、産業・工芸デザインの卒業制作がきっかけです。

当初は単にリサイクル素材として、再生パルプの有効利用として
考えているだけでしたが、パルプ素材独自の性質というか、個性に、
引きつけられ、そして、社会的に、造形の主素材として余り評価されて
いない現状を変えたいという思いでここまで制作を続けてきた次第です。

ここまで、本格的にパルプ素材で造形物を作っている方に出会ってないというのも
大きいかもしれないです。

自分が制作を止めてしまえば、おそらくそのまま社会の片隅で忘れ去られてしまう。
それはあまりにも惜しいという執着があるのかも知れないです。

まあ、本格的に止めようとした時期がありますが、紆余曲折、なんだかんだで、戻ってきた
今、現在があります。

止めようとしてよく分かったのが、自分の居場所、立ち位置はここでしか、パルプ造形にしか
ないという事で、覚悟を決めたというか、決めざるを得ないということ。

あまり生き方的な意味で器用な人間でないので、どうしても、副業を抱えて、兼業して
というのも、なかなかバランスが取れず、どちらか一辺倒になって副業が副業としてこなせない…。

まあ、言葉というか、思いは尽きませんが、この10年、そしてこれからも、パルプ造形を
世に知らしめるべく、一作家、クリエーター、はたまたデザイナー、アーティスト、肩書きは
未だに定まりませんが、リサイクル素材の造形のプロフェッショナルとして、生きていく所存で
あります。

ま、大仰な事は置いといて、とりあえず当分は、お呼びがかかれば、如何様な造形物でも、
納期、予算に応じて制作致します。小さな置物から、巨大なオブジェまで、実用性のある物、
ない物、自分の力量の限り応じますので、お気軽にご相談ください。

って、営業くさいかなあ。

伊勢路。-Go to Ise Shrine-

お守りというものはさ、というか、人知を越えた存在、力というのはあくまでも人知を越えた領域に
属するモノで、人間社会に直接に影響を与えるモノじゃない。

ポケモンの努力値のようなものでさ、行動して、経験値をためてレベルアップをしない限り意味がない。
人事を尽くしてこその天命であるものでさ。

合格祈願をしても、全く勉強しないのは意味ないね。


などと、内宮でお守りとかお札を買おうとして列に並んでる若者カポーの会話を聞いて思った。

「厄除けのお守りとか買ったらそれで安心してかえって危なくね?」的な事を言ってた。

まあ、だけど、そんな事言ったら、お守りはおろか、神社で願ってる時点でアウトだなと。

まあ、一理あるけど、今日日、そこまで愚かで、信心深い人間はいないと思うけどね。

そこまで思い込めるのも有る意味すごい才能ではないかな。


話はちょいと変わるけど、化粧とかファッションもお守りの一種だよなあ。

服の機能面がどうのというのはあるけど、最終的には自身が自信を持てるというか、
落ち着く格好、こうありたい姿、こう見えたい姿、つまり、安心、願いであり、信じるものを
コーディネートしたものがファッションともいえる。

また、ある特定の人種を近づけたり、遠ざけたりする。これって災厄を退けるお守りみたいじゃね?


さて、まあそいう話はほどほどに。

さすが、江戸以前より続く観光地。質、量ともによいモノが置いてあるなあ。おかげ横町。

ん、横町でいいんだっけ?横丁だったっけ?

ま、ともかく縁起物もそこかしこに転がってる。やっぱ繁盛している所には縁起物がいるもんですわ。

また来年も行きたいねえ。


で、この道中を似非動画でまとめてみた。BGMはPCに入ってたデータを適当に使ってみたら
タイトルが「New Stories (Highway Blues)」だった。

なるほど、道路の画像にしっくりくるはずだわな。

新年、明けまして、おめでとうございました。New Year, the Year, Congratulations.

2011/01/05 名古屋市熱田区 熱田神宮 初恵比寿













みなさま、七草がゆは召し上がりましたでしょうか。

もはや、新年も過去の事となりました。当たり前、当然の自然な事、空気であり、
水と大差ありません。しかし、空気と水は人が生きるに当たって掛け替えのない命に
直結する非常に大事なものであります。

誰かの人生からどこか一年を抜いても、その人の人生は成立しません。その人の周りの人、
その人と世界を、人生を一部でも隣接する人の人生も成立しません。

送る日常こそ大事です。記念日なんてただの目盛り、思い出しやすいメモリー、付箋に過ぎません
しかし、その付箋の付いてるページの内容はとても重要です。

ハレの日もケの日もどちらも等価値なんです。


どんな日でも終わってしまえば戻れません。上書き、変更はできません。解釈を変える事は
出来るかも知れませんが。

まあ、ですから人生というのはRAM、ランダムアクセスメモリというより、ROM、リードオンリー
メモリなのかもしれません。

記憶の書き込み作業が終わっていないのROM。

書き込みの終わりは人生の終わり。その書き込みの終わったROMは誰が読むんだろうか?
読み取る機器のないメモリーは無いに等しいかな?

さて、話がメメントモリーな方向へ行きましたが、まあ、いいや。

今年は、自信のない根拠、もとい、「根拠のない自信」を持つことを目標にしていきます。

自信に根拠を求め出すときりがないし、その根拠がなくなれば自信も消えてしまいます。

ならば、根拠のない自信は、なくしてしまう可能性のある根拠に依存しない分、どんな状態に
あっても自身を支える柱となってくれるはずです。

去年、開運とか縁起物というのも、この根拠のない自信に繋がっている根拠です。
おっと、根拠のない自信の根拠というのもおかしいですねえ。


まあ、そんな訳で、年の初めに引いたおみくじが大吉ということで大いに根拠のない自信が
付いたスタートであります。

虚心坦懐で精進します。

32回目を更に越えていく自分のはじまりの日に。

本年はもちろん、来年、再来年、末永くよろしくおねがいします。