スケジュールが迫って来ました、いつもの調子で、ダラダラ長文では更新を
しにくいので、小刻みに情報発信して行きます。
紆余曲折ありましたが、これが最終決定です。
会期:2010年11月3日(祝)〜8日(月)11時〜20時まで(最終日は17時まで)
場所:ナディアパーク・デザインギャラリー
名古屋市中区3-18-1 デザインセンタービル 4F
オープニングパーティや、ワークショップ、ライブイベントもやります。
可能と限界の廻間。Possible between the limits.
date
10/19/2010
ラベル:
パルプ,
作品,
制作日誌
開運展まであと2週間ということで、じゅうんtyぽ@う、いや、十兆、やれやれ、
気を取り直して。順調にテンパッてます。はい、三回以上タイプミスってます。
まあ、急いては事を為損じると申しますし。安全と健康を第一に、その次に展示
クオリティーを大事にする所存です。ドラクエでいう所の「いのちだいじに」ですね。
なにせボス戦ですから。ひとつでも構成要素が欠落すると、パーティの仲間が1人でも
倒れてしまえば即全滅しかねないですからねえ。
ここでギックリが発動しても、風邪でダウンでも致命傷です。
だいじょばないかもしれないけど。だいじょうぶと言える余裕と自信のもてる冷静さは
持って痛いです。いや持ってたいです。

えび(フライタイプ) posted by (C)かゆきゅう
えびってのは腰が曲がってて、ひげが生えてるみたいだから長寿の象徴で、おせち料理とか
おめでたい料理に欠かせないもの。すなわち縁起物です。
えびのキャラ化は前シリーズでやったので、ある程度慣れている素材ではありますが、
ここいらで変わり種ができないかなあと思い、ふとした思いつきで、ふと魔が差して、
エビフライにしてみました。
色合い的に黄色と赤でうまくまとまった気がします。有頭のエビフライって余り見ない
ですけど。衣でモッコリしてて、なんか羊みたいでカワイインジャネ?と思います。
それに名古屋と言えばエビフライ、いや、エビフリャーでしょう。
しっかし、考えてみると、このキャラって一種のアンデットだよなあ。モンスター的な
分類でいくとミイラとかマミーと一緒。

がやがやがや posted by (C)かゆきゅう
塗装中の作品群。魚型のが三体いますが2体は鯛で1体は金魚のつもりです。
たぬきの着色のコツが見えてきて、白色をベースに焦げ茶を混ぜて行ってどんどん
濃くしていくと濃さのバランスが取りやすいようです。

うさねここがね posted by (C)かゆきゅう
端に映ってるエネループは単三型ですので大体のサイズがわかるでしょうか。

まねきこがね(フライタイプ) posted by (C)かゆきゅう
こっちのフライは揚げる。じゃなくて、飛ぶ方のフライです。ちょっとでも
飛んでる感を出そうとしたら自立しない。台座でも付けるか。
てなわけで、制作はまだまだ始まったばかり。まだまだ続きます。次回更新も
お楽しみください。
と、なんか微妙に討ち入りマンガ、もとい、打ち切りマンガの最終回っぽく締めて
終了です。
気を取り直して。順調にテンパッてます。はい、三回以上タイプミスってます。
まあ、急いては事を為損じると申しますし。安全と健康を第一に、その次に展示
クオリティーを大事にする所存です。ドラクエでいう所の「いのちだいじに」ですね。
なにせボス戦ですから。ひとつでも構成要素が欠落すると、パーティの仲間が1人でも
倒れてしまえば即全滅しかねないですからねえ。
ここでギックリが発動しても、風邪でダウンでも致命傷です。
だいじょばないかもしれないけど。だいじょうぶと言える余裕と自信のもてる冷静さは
持って痛いです。いや持ってたいです。
えび(フライタイプ) posted by (C)かゆきゅう
えびってのは腰が曲がってて、ひげが生えてるみたいだから長寿の象徴で、おせち料理とか
おめでたい料理に欠かせないもの。すなわち縁起物です。
えびのキャラ化は前シリーズでやったので、ある程度慣れている素材ではありますが、
ここいらで変わり種ができないかなあと思い、ふとした思いつきで、ふと魔が差して、
エビフライにしてみました。
色合い的に黄色と赤でうまくまとまった気がします。有頭のエビフライって余り見ない
ですけど。衣でモッコリしてて、なんか羊みたいでカワイインジャネ?と思います。
それに名古屋と言えばエビフライ、いや、エビフリャーでしょう。
しっかし、考えてみると、このキャラって一種のアンデットだよなあ。モンスター的な
分類でいくとミイラとかマミーと一緒。
がやがやがや posted by (C)かゆきゅう
塗装中の作品群。魚型のが三体いますが2体は鯛で1体は金魚のつもりです。
たぬきの着色のコツが見えてきて、白色をベースに焦げ茶を混ぜて行ってどんどん
濃くしていくと濃さのバランスが取りやすいようです。
うさねここがね posted by (C)かゆきゅう
端に映ってるエネループは単三型ですので大体のサイズがわかるでしょうか。
まねきこがね(フライタイプ) posted by (C)かゆきゅう
こっちのフライは揚げる。じゃなくて、飛ぶ方のフライです。ちょっとでも
飛んでる感を出そうとしたら自立しない。台座でも付けるか。
てなわけで、制作はまだまだ始まったばかり。まだまだ続きます。次回更新も
お楽しみください。
と、なんか微妙に討ち入りマンガ、もとい、打ち切りマンガの最終回っぽく締めて
終了です。
パルプ造形とカレーライスの類似点 -Pulp molding similarities and curry-
date
10/16/2010
ラベル:
くだらない話,
パルプ,
制作日誌
本日の制作中ダイジェスト。何か木村が多い、じゃなくて気ムラが多いので、盛り作業で調子が出る日と、塗り作業で調子が出る日と、貼り作業がスムーズにいく日がてんでバラバラで参るなあ。

ねこねこたぬうさ posted by (C)かゆきゅう

ねこたぬ posted by (C)かゆきゅう

紅い猛牛 posted by (C)かゆきゅう

えびたいたいきん posted by (C)かゆきゅう

オレンヂのたぬき posted by (C)かゆきゅう

まねきこがねラージ posted by (C)かゆきゅう
作品を作れば作るほどアイデアが出てくるのである意味怖いなあ。というか制作途中の作品ばかり増えて部屋の中がどんどんメモリ不足のPCの如くパフォーマンスが低下していかん。乾燥室がムービートラップだらけで発狂しそう。
まあ、どうしても完成と未完成の間が曖昧だから、区切りが付けにくい。手数をかける事は作る人間にとってある種の自身の作品に対する安心、自分自身に対する説得力みたいなトコロがあるから手数を押さえるのって割と勇気がいるものです。でも、その作品の最適な手数というものがあるからそれをオーバーすると意味がないし、一つ一つの密度を上げるとどんどん完成が遠のくし、飽き症なので、一定期間を過ぎると作品が冬眠してしまってそこで成長が止まったりする。
つまりはあれだ、自分でカレーを作る時と似ているかもしれない。カレーに関する様々なコツ、隠し味ってのは沢山ありますが、それらを駆使しすぎるとカレーの味は混沌としてきて、何をどう調整すればいいか分からなくなるし、大概くどい味になる。材料も余計な分が無駄になる。作るカレーのテイストを決めておかないと上手いカレーは出来ない訳です。
ねこねこたぬうさ posted by (C)かゆきゅう
ねこたぬ posted by (C)かゆきゅう
紅い猛牛 posted by (C)かゆきゅう
えびたいたいきん posted by (C)かゆきゅう
オレンヂのたぬき posted by (C)かゆきゅう
まねきこがねラージ posted by (C)かゆきゅう
作品を作れば作るほどアイデアが出てくるのである意味怖いなあ。というか制作途中の作品ばかり増えて部屋の中がどんどんメモリ不足のPCの如くパフォーマンスが低下していかん。乾燥室がムービートラップだらけで発狂しそう。
まあ、どうしても完成と未完成の間が曖昧だから、区切りが付けにくい。手数をかける事は作る人間にとってある種の自身の作品に対する安心、自分自身に対する説得力みたいなトコロがあるから手数を押さえるのって割と勇気がいるものです。でも、その作品の最適な手数というものがあるからそれをオーバーすると意味がないし、一つ一つの密度を上げるとどんどん完成が遠のくし、飽き症なので、一定期間を過ぎると作品が冬眠してしまってそこで成長が止まったりする。
つまりはあれだ、自分でカレーを作る時と似ているかもしれない。カレーに関する様々なコツ、隠し味ってのは沢山ありますが、それらを駆使しすぎるとカレーの味は混沌としてきて、何をどう調整すればいいか分からなくなるし、大概くどい味になる。材料も余計な分が無駄になる。作るカレーのテイストを決めておかないと上手いカレーは出来ない訳です。
第二次まねきこがねマイブーム到来。 My second boom Maneki-Kogane.
date
10/14/2010
ラベル:
くだらない話,
パルプ,
むしのくに,
ワイドコンバーターアタッチメント,
作品,
制作日誌
本日の制作中ダイジェスト。

いろぬりちゅう posted by (C)かゆきゅう

制作中のえんぎモンズ posted by (C)かゆきゅう

屋根の上のマネキコガネ的な図 posted by (C)かゆきゅう

いい色イエロー posted by (C)かゆきゅう
いつものNikon D60 で単焦点レンズにワイドコンバータを付けてみたらどうもちょっと変わった効果が出るみたい。絵が柔らかくなるというか光が乱反射してる?
話は変わって。招き猫がなぜ陶器なのかというのとあのスタイルなのかという話をどっかでしたような気がしますが、量産性、型抜きのしやすさからあのカタチである訳です。
その造形手法だからこそ出来上がるデザインがあるのです。現在、パルプ造形も型を使った制作法はいくつかの作品で採用し、実験してはいるのですが、 いろいろと課題がありまして。今はパルプの乾燥と盛りを繰り返していく原始的な手法に先祖帰りしているのと。発泡スチロールなどの芯材にパルプを盛る手法のツートップ体制を採用してます。
まあ、スチロール芯材の造形は型による手法、「発泡ロストワックス」の原型を溶かして型を作る工程を省略して、そのまま造形物として完成させている ものです。内型はどうしてもパルプ造形の風合いを損ないがちで、乾燥に要する時間がかかってしまうのでだったら、芯材を削る手間があるものの、外側に盛っている分乾燥の早いスチロール芯材の方が割とやり易かったりします。まあ、ゆくゆくは外型による造形方法の開発をしたいと思っておりますが。
で、芯材による造形方法と「まねきこがね」の相性が非常に良いんですね。ああ、まねきこがねとはこのブログの書いてる人欄のアイコンのコガネムシのキャラクターの事です。去年、精力的に作っていた「むしのくに」シリーズのコガネムシをさらにアレンジして、ダルマとか招き猫的な縁起物を作り出そうという一連の流れで誕生しました。
招き猫をパルプで作るのはそれはそれとして面白いのですが、どうも相性が良いとは言えない。作れなくないけど、現状では、一体一体作り込むというよりは、数を作りたい状況でして。どうにも一発でビシッとカタチが決まらず、何度か手直しで盛ってしまって完成が遅い。
これが、まねきこがねだとバシバシとカタチが決まる。迷わない。 それどころか派生したカタチのイメージも湧く。しっくりきてる、ギアがしっかりと噛み合ってるような手応え。
まあ、作りやすいものが良いものか良いものかどうかという疑問も無いではないけど。
いろぬりちゅう posted by (C)かゆきゅう
制作中のえんぎモンズ posted by (C)かゆきゅう
屋根の上のマネキコガネ的な図 posted by (C)かゆきゅう
いい色イエロー posted by (C)かゆきゅう
いつものNikon D60 で単焦点レンズにワイドコンバータを付けてみたらどうもちょっと変わった効果が出るみたい。絵が柔らかくなるというか光が乱反射してる?
話は変わって。招き猫がなぜ陶器なのかというのとあのスタイルなのかという話をどっかでしたような気がしますが、量産性、型抜きのしやすさからあのカタチである訳です。
その造形手法だからこそ出来上がるデザインがあるのです。現在、パルプ造形も型を使った制作法はいくつかの作品で採用し、実験してはいるのですが、 いろいろと課題がありまして。今はパルプの乾燥と盛りを繰り返していく原始的な手法に先祖帰りしているのと。発泡スチロールなどの芯材にパルプを盛る手法のツートップ体制を採用してます。
まあ、スチロール芯材の造形は型による手法、「発泡ロストワックス」の原型を溶かして型を作る工程を省略して、そのまま造形物として完成させている ものです。内型はどうしてもパルプ造形の風合いを損ないがちで、乾燥に要する時間がかかってしまうのでだったら、芯材を削る手間があるものの、外側に盛っている分乾燥の早いスチロール芯材の方が割とやり易かったりします。まあ、ゆくゆくは外型による造形方法の開発をしたいと思っておりますが。
で、芯材による造形方法と「まねきこがね」の相性が非常に良いんですね。ああ、まねきこがねとはこのブログの書いてる人欄のアイコンのコガネムシのキャラクターの事です。去年、精力的に作っていた「むしのくに」シリーズのコガネムシをさらにアレンジして、ダルマとか招き猫的な縁起物を作り出そうという一連の流れで誕生しました。
招き猫をパルプで作るのはそれはそれとして面白いのですが、どうも相性が良いとは言えない。作れなくないけど、現状では、一体一体作り込むというよりは、数を作りたい状況でして。どうにも一発でビシッとカタチが決まらず、何度か手直しで盛ってしまって完成が遅い。
これが、まねきこがねだとバシバシとカタチが決まる。迷わない。 それどころか派生したカタチのイメージも湧く。しっくりきてる、ギアがしっかりと噛み合ってるような手応え。
まあ、作りやすいものが良いものか良いものかどうかという疑問も無いではないけど。
パルプ造形で有る事の意味。I have meaning in pulp molding.
date
10/13/2010
ラベル:
くだらない話,
パルプ
パルプ素材ってのは紙の原料。紙というのは、ご存知の通り、何かを書く、描く為の支持体。パソコンで例えるのなら記録メディアです。要は物を入れて運ぶ器の様な物です。この意味においては段ボールなどの梱包材も同様です。あくまで本体を固定、保護する為の存在、つまり、主役ではなく脇役です。主従関係でいけば従です。
これは、パルプという素材が、他に使い道がないという事では有りません。主な用途として広く使われているという事です。他の用途、可能性がないと言う訳ではありません。
他方、情報メディアとしての役割りの終った紙はリサイクルされていますが、金属等の素材と異なり、何度も同じ用途のものにリサイクルはできません。紙はリサイクルする度にパルプの繊維が細かくなり、確実に劣化していきます。ですから、再生紙から再生紙を作るとその再生紙は元々の再生紙より劣化します。
それに、リサイクルすると水を汚しますし、エネルギーコストと二酸化炭素が発生します。ですから、単に素材を再利用することに有意義な意味はありません。リサイクルしても次の有効な用途がなければ意味が有りません。
そこで、造形の素材としての可能性を探し、実験し、実践している訳です。「ただの紙切れ」というと価値のない物の代名詞ですが、その紙切れから新しく価値を作り出したいと考えます。まあある種の錬金術ですかねえ。価値のない物から価値の有る物を作るのですから。紙の錬金術師。うーん、弱そう。でも、弱いと言う事は見方を変えれば強さがあるということではあります。
そういうパルプ素材を元とした作品が有るという事をもっと伝えて行きたいですねえ。パルプ造形自体が社会に認知されないとそれを作っている自分自信も非常に厳しいものがあります。
これは、パルプという素材が、他に使い道がないという事では有りません。主な用途として広く使われているという事です。他の用途、可能性がないと言う訳ではありません。
他方、情報メディアとしての役割りの終った紙はリサイクルされていますが、金属等の素材と異なり、何度も同じ用途のものにリサイクルはできません。紙はリサイクルする度にパルプの繊維が細かくなり、確実に劣化していきます。ですから、再生紙から再生紙を作るとその再生紙は元々の再生紙より劣化します。
それに、リサイクルすると水を汚しますし、エネルギーコストと二酸化炭素が発生します。ですから、単に素材を再利用することに有意義な意味はありません。リサイクルしても次の有効な用途がなければ意味が有りません。
そこで、造形の素材としての可能性を探し、実験し、実践している訳です。「ただの紙切れ」というと価値のない物の代名詞ですが、その紙切れから新しく価値を作り出したいと考えます。まあある種の錬金術ですかねえ。価値のない物から価値の有る物を作るのですから。紙の錬金術師。うーん、弱そう。でも、弱いと言う事は見方を変えれば強さがあるということではあります。
そういうパルプ素材を元とした作品が有るという事をもっと伝えて行きたいですねえ。パルプ造形自体が社会に認知されないとそれを作っている自分自信も非常に厳しいものがあります。
空想と現実の廻間に在るもの。What Lies between fantasy and reality.
date
10/12/2010
ラベル:
くだらない話,
写真,
制作日誌
だめですねえ。忘れっぽいというか。
基本的、根幹的な事。自分の作品制作のスタンス、スタイル。
どうも招き猫というモチーフは秀逸な原型、モデルが存在するのでそっちに引っ張られる。コピーになってはいけないし、緻密で、繊細になっては自分の作品ではないんです。境目はきっちりと分けるのではなくて、段差をきっちりつけるのではなくて境界は曖昧であって、そこに決まり事なんて無い筈なんです。そんなのは子どもが横断歩道の白い部分だけ歩こうとするのと同じです。単にそういう遊びをしているに過ぎない。その遊びを遊びとして遊んでいるのなら問題ないですが、遊び上のルールを万物が避けられない絶対的な物理法則でもあるかの様に縛られては問題です。
これはある種、空想と現実の区別が付いていません。空想を現実と思い込んでいます。まあ、元々、現実と空想はさほど明確に区別なんてできない物では無いかと思いますが、自由なのに自由が無いと思って生きるのはとても勿体ない事だろうし、詰まらないし、苦しいはずです。ましてや、そんな在りもしない不自由で他人を縛り付ける様な事をしてはならないし、傷つけるのも意味が有りません。悲劇でしかない。
緻密である必要は私にはない。リアルは求めていない。求めるのは空想と現実の廻間。底に有ると思えば存在するし、無いと思えば存在しない。そんな曖昧な存在。
昔、どなたかが、私の作品を観て、「絵本の中から飛び出してきたみたいですね」と言ったのですが、まさしくそれですねえ。物として存在しながら現実の物とは思えない物。
まあ、だからもっとのびのびと剛胆に思い切って軽々と作るべきなんです。というか、作れば良い。ただ作るのにロジックなんていらない。
などと、久々に午後、近所、といっても隣の市で市外という、遠くて近い場所を散歩しながら、写真でも撮りながらそんな事を考えたりしました。しっかし、「卵によるいたずら」とは何なんでしょうかねえ。生卵でも投げつけるのかねえ。
posted by (C)かゆきゅう
基本的、根幹的な事。自分の作品制作のスタンス、スタイル。
どうも招き猫というモチーフは秀逸な原型、モデルが存在するのでそっちに引っ張られる。コピーになってはいけないし、緻密で、繊細になっては自分の作品ではないんです。境目はきっちりと分けるのではなくて、段差をきっちりつけるのではなくて境界は曖昧であって、そこに決まり事なんて無い筈なんです。そんなのは子どもが横断歩道の白い部分だけ歩こうとするのと同じです。単にそういう遊びをしているに過ぎない。その遊びを遊びとして遊んでいるのなら問題ないですが、遊び上のルールを万物が避けられない絶対的な物理法則でもあるかの様に縛られては問題です。
これはある種、空想と現実の区別が付いていません。空想を現実と思い込んでいます。まあ、元々、現実と空想はさほど明確に区別なんてできない物では無いかと思いますが、自由なのに自由が無いと思って生きるのはとても勿体ない事だろうし、詰まらないし、苦しいはずです。ましてや、そんな在りもしない不自由で他人を縛り付ける様な事をしてはならないし、傷つけるのも意味が有りません。悲劇でしかない。
緻密である必要は私にはない。リアルは求めていない。求めるのは空想と現実の廻間。底に有ると思えば存在するし、無いと思えば存在しない。そんな曖昧な存在。
昔、どなたかが、私の作品を観て、「絵本の中から飛び出してきたみたいですね」と言ったのですが、まさしくそれですねえ。物として存在しながら現実の物とは思えない物。
まあ、だからもっとのびのびと剛胆に思い切って軽々と作るべきなんです。というか、作れば良い。ただ作るのにロジックなんていらない。
などと、久々に午後、近所、といっても隣の市で市外という、遠くて近い場所を散歩しながら、写真でも撮りながらそんな事を考えたりしました。しっかし、「卵によるいたずら」とは何なんでしょうかねえ。生卵でも投げつけるのかねえ。
posted by (C)かゆきゅう
開運は1日にして成らず、開運であろうとする姿勢こそが開運である。
人間、どの様な、作業、仕事、行動をする場合においてモチベーションというのは非常に重要かつ、その行為を行う上でなくてはならない。
やる気さえあれば、どんなに困難を伴う事も成し遂げられるが、逆にやる気が無かったら数センチ先にあるボタンをただ押す事すら至極面倒で、嫌悪すら覚える。まあ、その嫌悪ってのは大概、そんなものぐさな自分に対する自己嫌悪であったりします。
自己嫌悪してしまうと自然と自信を失います。何でこんな簡単な事も出来ない自分という図ができてしまいますから。そんな自分は信用できなくて当然です。自信喪失。
そういう些細なことが一つだけならさほど取るに足らない事なんですが、立て続けにそういう、やろうと思ったけど出来なかった事が発生するとそれはそれは重篤な問題となります。出来なかったという悔いばかり積み重なってもう頭が後ろ向きにしか回りません。
ですから、出来る事、やりたい事を滞り無く出来る様に自分の環境を整えたり、タイミングを観て準備したりして、うまく事を運ぶ方法を常々考えるのは人生を前向きに、幸福に生きる為に必要なすべなんではないでしょうか。
すなわちそれが、それこそがつまり、「開運」という事なんじゃないでしょうかねえ。
上手く事が進まないのなら、そこで原因を考える、やり方を変える至極当然ではありますがそういう手間を惜しんで不平不満を吐き出すだけでは何も起こりません「閉滞」ですねえ。
一時が万事で、一万歩に至る為の一歩。開運は一日にして成らず。開運とはスタートであり、ゴールまでの途上であり、開運は状態ではなく、開運であろうとする努力こそが開運なのかも知れない。
ん、なんかモチベーションについて考えていたのに「開運」につながるとはねえ。
以下、開運展進捗状況。

照明キャラ「つっくん」 posted by (C)かゆきゅう
以前に制作途中で画像を公開してたと思います。つくし型照明のつっくんです。じつはこの作品作り始めて5年以上経過してます。大まかなカタチまでは出来ていたのですが、確かその時の用途は植木鉢の予定だった気がします。確か、デザインギャラリーの前回の展示の際、主力展示品だったつくし照明の笠部分に蔓植物を巻き付かせてみたいみたいな事をどなたか言ってて、展示が終了してしばらくしてから作り始めたハズ。まあ、ウチには何かになる筈のパルプの造形物がゴロゴロしてるからこういう、長い冬眠の後に完成する作品も今後多々あるかもしれない。

桃色招猫 posted by (C)かゆきゅう
以前塗装前の状態の画像をアップロードしてた目をつぶってる招き猫。ふと、ピンク色に塗ってみた。水性ペンキに卵殻Caを混ぜて、ザラザラ感出してますが、ペンキがツヤありなのがちょっとアレかな。ツヤなしの方が質感的に好み。
リアルにピンク色の猫なんていませんが、これ考えようによっては毛が無くて皮膚が丸出しの猫とも見ようによっては見えるのでは…。そう考えるとちょっとキモい。でも、毛がないのなら猫ってガリガリ体形だから違うよね、うん、違う。しっかし、この猫写真写りいいなあ。

ねころまねきねこ posted by (C)かゆきゅう
これも塗装前の画像で見せましたが寝転がってる招き猫。 ですので説明は割愛いたします。クリーム色と耳、目にオレンジ色という組み合わせはいいなあ。
やる気さえあれば、どんなに困難を伴う事も成し遂げられるが、逆にやる気が無かったら数センチ先にあるボタンをただ押す事すら至極面倒で、嫌悪すら覚える。まあ、その嫌悪ってのは大概、そんなものぐさな自分に対する自己嫌悪であったりします。
自己嫌悪してしまうと自然と自信を失います。何でこんな簡単な事も出来ない自分という図ができてしまいますから。そんな自分は信用できなくて当然です。自信喪失。
そういう些細なことが一つだけならさほど取るに足らない事なんですが、立て続けにそういう、やろうと思ったけど出来なかった事が発生するとそれはそれは重篤な問題となります。出来なかったという悔いばかり積み重なってもう頭が後ろ向きにしか回りません。
ですから、出来る事、やりたい事を滞り無く出来る様に自分の環境を整えたり、タイミングを観て準備したりして、うまく事を運ぶ方法を常々考えるのは人生を前向きに、幸福に生きる為に必要なすべなんではないでしょうか。
すなわちそれが、それこそがつまり、「開運」という事なんじゃないでしょうかねえ。
上手く事が進まないのなら、そこで原因を考える、やり方を変える至極当然ではありますがそういう手間を惜しんで不平不満を吐き出すだけでは何も起こりません「閉滞」ですねえ。
一時が万事で、一万歩に至る為の一歩。開運は一日にして成らず。開運とはスタートであり、ゴールまでの途上であり、開運は状態ではなく、開運であろうとする努力こそが開運なのかも知れない。
ん、なんかモチベーションについて考えていたのに「開運」につながるとはねえ。
以下、開運展進捗状況。
照明キャラ「つっくん」 posted by (C)かゆきゅう
以前に制作途中で画像を公開してたと思います。つくし型照明のつっくんです。じつはこの作品作り始めて5年以上経過してます。大まかなカタチまでは出来ていたのですが、確かその時の用途は植木鉢の予定だった気がします。確か、デザインギャラリーの前回の展示の際、主力展示品だったつくし照明の笠部分に蔓植物を巻き付かせてみたいみたいな事をどなたか言ってて、展示が終了してしばらくしてから作り始めたハズ。まあ、ウチには何かになる筈のパルプの造形物がゴロゴロしてるからこういう、長い冬眠の後に完成する作品も今後多々あるかもしれない。
桃色招猫 posted by (C)かゆきゅう
以前塗装前の状態の画像をアップロードしてた目をつぶってる招き猫。ふと、ピンク色に塗ってみた。水性ペンキに卵殻Caを混ぜて、ザラザラ感出してますが、ペンキがツヤありなのがちょっとアレかな。ツヤなしの方が質感的に好み。
リアルにピンク色の猫なんていませんが、これ考えようによっては毛が無くて皮膚が丸出しの猫とも見ようによっては見えるのでは…。そう考えるとちょっとキモい。でも、毛がないのなら猫ってガリガリ体形だから違うよね、うん、違う。しっかし、この猫写真写りいいなあ。
ねころまねきねこ posted by (C)かゆきゅう
これも塗装前の画像で見せましたが寝転がってる招き猫。 ですので説明は割愛いたします。クリーム色と耳、目にオレンジ色という組み合わせはいいなあ。
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