梅雨の割に雨そんなに降ってなくない?Entered the rainy season rainfall is low.

先日、ゆつ、いやつつ、もとい、梅雨入り宣言前の、やや曇りだけれども晴れは晴れな
日のベランダの一コマ。

やあ、タイピングは苦手という訳ではないですが、タイプミスが異常に多いんだよねえ
自分。ミスする分の時間の量はハンパないんじゃないかなあ。

と、思いつつt、ミスる率は減らないねえ。早速ミスってry、いや、ミスってる。


園芸のコツ的な話で、よく、卵の殻が土に良いとされるが、いかにも割ってそのまんま
置いてますよ的な、やる気の無いいい加減で、胡乱な感じはなんかやなので、乳鉢で細かく
粉砕。なんかこの物質を粉状にするのは楽しいねえ。怪しげな薬でも作ってる様な気分に
なれる。擂る時の、手応えと音というのは実に素晴らしい。そして大きな塊が小さな
欠片に、小さな欠片が、細かい粒になってゆく様は実に達成感のあるものだ。

もうこれは、日常のちょっとした愉しみなレベルの行為ではないだろうか?
また卵殻のストックを貯めつつ、すり潰すのを一日、一日楽しみに待つ。

まあ、こういった手間をかけるおかげで、調子の悪かったハバネロの黄味がかった
葉っぱが元通りの緑に戻りました。

植物にもミネラルは必要だし、pHの管理も大切やね。まあ、詳しい方法は知らんけど。

まあ、大して意味の無い薬にも毒にもならない冗句やら、冗談はこん位にしておいて。





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外付けフラッシュの醍醐味ってのはやっぱバウンスだよねえ。SB-400つう、
エコノミーかつ、コンパクトなのを使ってますが、やはり、連射すると
光量が不安定になるねえ。

まあ、この画像では関係ないけど。

バウンスさせる為にカメラ自体をさかさまに持つという、恐らくほとんどの人は、
普通やらない変な撮り方。人前ではやりたくないねえ。

シャッターが押しづらい。カメラが「フラッシュが正面を向いてません」という
当たり前じゃゴラァな、エラーを指摘して、シャッターが動かないという
不思議動作に苦戦しつつ、以外にキレイに撮れた気がする。

恐らく、バウンスの光が葉っぱで反射してるからより鮮やかな緑になってるかも。

閑話休題。って、本題って何だろう?



えんぎモンの一件で、何か、福犬の造形にハマりまして、ちょっこし量産して
みようかなあと思う訳です。紙張り装飾もまだまだ改良の余地もあるはずだし、
もっといろいろやれると思います。

あと、来年の干支はウサギだねえ。まあ、ウサギも作ってて楽しいモチーフなので
もっと作ってみたいと思ってます。

もちろん、虫系のものも継続して制作する予定です。

まあ、ここいらへんのものをコンペに出せるなら出して行きたいなあ。

あと、スチロール繊維シェードもなんとか形にしないとね。

そう考えるとやる事は沢山ですので、はらきって、いやいや、張り切ってきますか。

さて、残り5分。一点を守りきれるのやら?

人は、何かを捨てるには、相応の対価が必要である。Humankind discard anything without first giving something.

リスタートをかけるべく、部屋を片付けようと。今週末。

時間をかけた割に、片付いていない現状がそこにある。

ものを無差別に捨てる事が出来れば、片付けるのには大して手間は無い。

分別、分類をするから、いるもの、いらないものを仕分けするから時間がかかる。

簡単に捨てられるものは最初から持っていない。ある種の価値、持っていたい理由が
 あるはず。もしくは、あったはず。

「捨てられない」の究極形は「ゴミ屋敷」となる訳ですが、そういった状況に
 陥る人間ってのは、精神的に大きな問題を抱えているのが大半なのではないで
しょうか。

 つまりは、部屋を片付けるには新しい価値観、メンタリティーを得たり、ある種の
パラダイムシフトが起きないと完遂しない訳です。

そういった類いの自己変革ちゅうのは、捨てるものの代わりを、精神的な新しい
拠り所手に入れない限り、対価を得ない限り、不可能です。

でなければ、既存の物質を手放す事はできません。

中途半端な姿勢で、生半可な、邪な心持ちで部屋を再構築しようとすると、
それを実行する以前よりも酷い惨状が目前に広がる結果となるわけです。


人は無くす事で得る事ができる。得る事で何かを失い。得た自分はそれ以前の
自分とはイコールではなくて、失った自分も、失っていない自分もイコールでない。

何の話だったか、視力を失った人間は聴力が発達する。という様に、人間てのは
失ったものを補完するように出来ているらしいですねえ。

ならば、精神的な意味の上でも、失う事で、失敗して得る事。得る事、成功する事で
失う事は往往にして 起こるもの、極極、自然な成り行きなのでしょう。

そう考えると人の生涯の全てというのは等価交換なのかもしれないですねえ。
ただ、それを実感として理解していなければ常に失っているようにしか
感じないのでしょう。

まあ、そう考えられるのなら、この丸二日、何もない空間というものに価値を
見出しつつ、それに向けて努力しつつ、他にもやりたい事は多々あったものの
それを出来なかった無念と、努力した割に想定した無な空間を作れなかった自己に
対する無力感。それに、失った物理的な時間の対価として、こう考えるに至れた、
こういう発想に気が付けたのは、十分に割の合う等価交換なのかもしれません。

何というか、人生、常にプラマイゼロなのだと思えば、肩の荷が下りたというか
ちょっこし楽に 、楽しくなって来た気がします。

常に失う事なんて何一つないんですから。というより、常に均衡は保たれる訳ですから。

ただ、なりたい形に自分を組み替えて行くのみなんでしょう。

それって死亡フラグ?It`s cliffhanger evils.

先日のはなし。

儀式ってのはどうにも意味の分からない作法が沢山あって、ある意味理不尽な位。
根本的なとこでは、おまじないと同じな感じ。

ハレとケでいえばハレ。日常かというと非日常。

非日常。だから分からない事ばかり。

その場において正しいのかそうでないのかと考え出すともう、訳の分からない事ばかり。

その場に合わせようと、正しい事をしようとしても、知らないものは知らない。
分からないものは分からない。想像できないものは想像できない。

そんなある種の恐怖を覚えるような事が生まれてから鬼籍に入るまで、要所、要所で
繰り広げられる訳です。

まあ、人生自体が理不尽で、意味不明かも試練ですが。

幸福を考えるあまり、本当の幸せを見失いガチです。
青い鳥はどこで見つかるのかという話。

茶道は英語でティーセレモニー。お茶の儀式。

さて、遠足前夜症候群が例に漏れず、絶賛発症中ですが、いつになったら
寝れるだろうか。

本人でもないのにこれほど緊張するとは、こんな困難では将来、万が一、
カミサマの小粋なジョークで生涯の伴侶が見つかったとして、儀式の
緊張に耐えられずポックリと旅立ってしまうかもしれない。
まあ、幸せの絶頂で、人生を終われるのも幸せと言っちゃあ幸せかもね。

周辺に多大な迷惑をかけるだろう事は火を見るより明らかだが…

つか、そういうシュチュエーションのドラマってなんかあったな。



さて、先日、さすがに当日に投稿するにははばかられたので下書き状態で
保存しておいたネタをここいらで発掘しました。

さて、ここいらで頭を切り替えて、褌を締め直して、心機一転、起死回生の一手を
講じて行きたい所です。

秋の展示に向けて、コンセプトなりテーマ、といっても、オープニングとかエンディング
とか、劇中に流れたりする歌とか音楽のことでなくて、創作や議論の根本的意図、題目、
中心課題などの主題の事です(大辞林調べ)。

 えっと、ちなみにコンセプトは概念、意図、構想、テーマの事らしいです(大辞林調べ)。
つかテーマってまた出てきてる。まあ、類義語という事ですねえ。

まあ、テーマの方が少し具体性がありますねえ。

一応、以前から「開運(仮)」というテーマを掲げていますが、何分、具体的な言葉で
はありません。曖昧な言葉って以外に便利だという側面はありますが、相手どころか
自分までもケムにまいてしまって本末転倒な事になりかねません。ので、どのように
解釈し、その解釈をどう表現するか、がキモになります。

以前にも書いてると思いますが、開運ってのは基本的にエンカウント率を、遭遇の
可能性を、イベント発生の確率を上げる事と思います。

その善し悪しは置いといて。

サイコロを振って1が出る確率は6分の1ですが、サイコロを振るチャンスさえあれば
いつか必ず1は出ます。

そして、サイコロを振るのは単に確率だけの問題ではありません。

再抽選のチャンスを多くつくる方法もあれば、1を出す確率を上げる振り方というのも
存在するはずです。

まあ、だから、目標というものを設定し、その目標を達成する為の方法を思案し
そのアイデアのいくつかを実践するという姿勢を作り出すのが開運につながるの
かもしれません。

様々な可能性を考えられるというのも、開運に欠かせない要素でないかな。

目標までの道は一本道ではないですし、2次元の平面とも限らず、高低差も
考慮の必要がある3次元である可能性もある訳です。

可能性と言う名の道は沢山あると、迷ってしまうものかもしれませんが、一発で、
最初の選択で正解を見つけようとするのも図々しい考え方ではあります。

もうそこは自分信じて直感や、勘に頼らねばなりません。そして、どんな道であろうとも
決定したら、いつまでもまよっていないで進んでみる前向きさは不可欠です。

間違えたらその場で、もっかい選択をやり直すだけです。

まあ、だから、展示においては、今までのパルプ作品が探してきた可能性を
系統樹、そこまでやらなくても、大元の作品から、次の作品が、新しい可能性が
 どのように枝分かれしてどこで繋がっていったのかを考えた、展示がやれると
良いなあ。

となると、作品を分析して系統分類する作業が必要になるなあ。

脱、お料理ブログ?Break from cooking blog.

昨日、アップしそこねた画像のアプを試みる。

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いつもの庄内川夕暮れ画像。さすがに夏が近いから堤防の草がすんごい勢いで
伸びてる。でも、たまにゴルフ練習のオッサンだかじいちゃんのいる辺りは
明らかに人為的に刈り取られていてグリーンみたくなってるが、これはいいのか?

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タイトルに反して料理ネタ。ジャガイモのガレット。
いやあ、ガレットってのは通常、ソバなんだねえ。危なかったわ。
外で食べる前に気が付いて良かった。

このガレットってのは焼き物料理に良くあうねえ。

そうそう、そいや、先日のマトウダイの半身を味醂干しにしてみたんですが、
とても旨かったなあ。オカンが焼き加減失敗してやや焦げてたのが残念。
味醂干しは焦げ易いから火をつけたら目を離すなと言ってたのに…
料理において焼き系のスキルは高等技術なんだから、ちょっと放置とか
ありえねえ。本来の意味の、ありえないという意味のエロい意味の無い方の
あられもない。

まあ、ともかく、もっかい作りたいけど、そうそうマトウダイには出会さない
だろうから次はいつになるやら、100円というのも破格で、次は無いだろうなあ。

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ベランダ菜園で今年初の収穫。ラディッシュ。つか、同一のタネの袋のもの
を植えたはずなのだけど、白、赤、紫ってどうなってんのよ。
 三色アソートなんて聞いてないぞ。まさか、アジサイよろしく、土壌の
土のpH値で花の色が変わるのと同じで色が変わるわけでもあるまいし。

まだ大きくなりそうな気もするけど、青虫やら、アブラムシが頻繁に
憑き始めたから食われないうちに食った方がよいかなと。
和名「ハツカダイコン」だそうで、その名の通り一ヶ月以内に収穫できるので
ベランダ菜園向きな作物かもしれないです。

既に新しいタネを蒔いて、発芽もしています。

結局、料理ブログになってんねえ。では気を取り直して、今日の
メインコンテンツ。制作日記。

�����樹�製繭���試����Cocoon mad... on Twitpic

過去のつくし系照明、いや、放置してた、つくし系の造形物を利用して
スチロール繭の試作。なんか所々出っ張ってるのが、虫の蛹みたいだねえ。
スチロール繊維自体がとても細く、ちょいとした摩擦でも擦り切れる位弱いのを
何とかしないとなあと思いつつ、
 木工用ボンドを水で薄めて刷毛塗りして繭をコーティングしてみるが、乾燥後、
触ると部分によっては脆くて咲けるねえ。繊維自体の強度が足りないのかもしんない
と仮定して、更に水溶きパルプでもコーティングをしてみるテスト中。

まあ、しっかし繭状にするのに結構大変ですわ。片手に角材、片手に刷毛を持って
芯材の周りをアメリカンクラッカーの如く叩き続けるのはね、物理的に辛いけど、
麻薬性のある単純作業やね。

溶剤をラッカーシンナーじゃなくて他のものを使いたいなあ。つか、
ペットボトル溶かして同じ様な事が出来ないかなあ。

それなら強度は申し分無いはずだけど、ペット樹脂を溶かす溶剤ってかなり
危険な気がするが…、そもそも、そんな溶剤はあるんだろうかねえ。

何にせよこの試作実験用につくし型のシェードをもっかい作らないとなあ。
すんごい手間かかるんだよなあコレ。

神が魅入らなかった世界の片隅で戯言をほざく。God has not seen the world Mumble in a corner of stupid things.

トルネのランキングで毎週常に上位のアニメーションがあります。

ランキングとその番組が面白いかというのは決してイコールで表す事は
できません。

よってその作品が理解できないというのは何ら不思議は無いのですが、

それを観る事によって、「ああ、こういうのね。」と特に興味がないという
のなら、まあ別段どうでもいいですが、

なぜか、とてつもない嫌悪感を抱いたんです。

ここまでの強烈な嫌悪感を感じるものって中々無いんですよねえ。
自分自身でも、ものすごく不思議で、しばらくの間、数ヶ月位、何故なのかを
ヒマな時間の思考労働的に断続的に考えていたんですが、最近何となく分かって
きた気がする。


恐らくは世間一般においては、人の一生において一番楽しいと目される時期。

青い春と書いて青春な時期を描いてるのですが、何か根本的におかしい。

人間ってのは向上心を持ってるもの、中でも一人の完成した人間としてみて欲しくて
背伸びをする時期の人間の向上心はとても強いはず。

強いはず。そのはずなんですけどねぇ。

なんか、すんごいヌルくて依存的な人間関係がひたすら展開している。
終止なれ合い。常に平和。

嫉妬も劣等感も焦燥感もコンプレックスもねえ。

青春で一番大事な要素が抜けちゃってないか?

ぬるい炭酸の抜けたレモネードはただの甘ったるい汁でしかない。
 それはもう、レモネードではない。

 むかしのテレビドラマだったか、学校の事を動物園と呼んだ、確か、ヤンキー
というかスケ番のキャラクターが居たけど、まさにそれのイメージやね。

 折の中に入れられた愛玩動物。生まれてずっと折の中でその事に何の疑問も
感じない。

ある意味、神々が魅入った世界の物語とも言えるのではないかねえ。

筒井康隆の七瀬シリーズ三部作の最終巻「エディプスの恋人」の世界観
の様なイメージ。

 よく、サザ◯さんとか、ド◯えもんとかで、登場人物が歳を取らないという不思議
について語られますが、あれはその世界を神が魅入ってしまった為に、その世界を
そのままの状態で維持する為に、時間の流れが歪んだ結果ではないかと思うんです。

まあ、ここでの神というのは、作者であり、視聴者であると。

人気さえ続けば永遠に歳を取らない。終らない。ネバーエンディングなストーリー。
ある種の 不老不死。平凡な日常と思いきや、俯瞰で観ると、とんだ異常な非現実が
展開されてます。

不老不死。なんともある種の魅力のある響きですが、ある程度、歳をとった人間
は良いかもしれませんが、子どもにはこれ以上残酷な事もないですねえ。大人に
なりたいと思うが、何時まで経っても大人になれない。大人から見れば、その方が
幸せだというかもしれないけど、絶対に夢が叶わないのだからそんな酷い事はない。

もしも、タラちゃんがその事に気が付いたらもうそれは悲劇でしかないだろうなあ。
ドラ◯もんならまだしも、サ◯エさんだと遠い未来は描かれていない訳だし。
そいや、確か、タラちゃんには妹がいるという設定があったとかなんかで聞いた
様な気がするけど、まあ、登場はしないんだろうねえ。

永遠に登場できないキャラというのも不幸だねえ。


まあ、だから、神が魅入られなかった世界の住人で良かったと思うねえ。

念願のサルティンボッカを調理したぞ。I wish Saltimbocca cooked.

買い物ついでに公園散歩。in いつもの小幡緑地東園。

���������Grand champion sumo wrestler on gr... on Twitpic

道の脇の草をよく見るといつぞや羽化を目撃したヨコヅナサシガメが…

���������������Roadside flowers... on Twitpic

道端の揺れる白い花。蕾が下向きだからヒメジョオンでなくて、多分、
ハルジオン。ハルジオンと言えばバンプだねえ。
コアオハナムグリ以外にもヒラタアブが近くで飛んでた。

���������John dory on the chopping board. on Twitpic

スーパーでマトウダイが100円。まあ、通常並ぶ様なものじゃないけど
この値段は破格だろうねえ。
捌くには画像の様な包丁では厳しいねえ。出刃包丁とかでもないと。
あとは、ある程度魚を捌くのに慣れてないと難しい難易度。
尖った部分が多いので刺さらない様に注意。かく言う私も頭を落とす際に
親指をぐっさりとやられた。

����������Boiled and seasoned food of Joh... on Twitpic

三枚におろして、骨の付いた部分、頭、内蔵はアラ煮に。

�����������Meuniere of John Dory.  on Twitpic

半身はムニエル。マトウダイは洋食で使われるだけあって良くあってる。

半身は味醂液に漬けて一昼夜置いて焼こうかなあ。

������Ayu's sweet boiled. on Twitpic

鮎も時期か、まあ、でも小振りだから甘露煮。臭み消しの山椒の実も新物 。
旬だねえ。


��������������Saltimbocca of pork.
 on Twitpic

先週、「魅惑のドルチェ」を観て、サルティンボッカを作ってみたいなあと。
本来は仔牛肉だけど、豚肉でも良いらしいので、豚もも肉で。ホントはヒレ肉を
使いたかったけど、値段的に釣り合わず。

叩いて柔らかくしたつもりだけど、まだちょいと固いかな。やはり、ヒレ肉辺りだと
もっと柔らかく仕上がるはずなので、もっかい挑戦したいなあ。
別段、高等技術がいる訳でもなく、最低限、生ハムとかたまり肉があればアレンジ利く
ので材料も容易に調達可能だし。

つか、生ハムって焼いてもいいんだねえ。

ふう、さすがに今日は料理作り過ぎて疲れたなあ。タチヤは魚が鮮度もよくて値打ち
なのが良いけど、調理の手間が多いからねえ。捌くのはやっぱ疲れる。

毛筆コンプレックス。Brush penmanship complex.

人生の岐路、転機、マイルストーン、メルクマール、そいった類いのイベントには
よく、毛筆、筆で字を書く場面に遭遇するものです。

そういった、慣れない非日常。不連続な状況で、ただでさえ不安を、動揺を覚える。

そんな特異なシュツエーションで自分が最も不得手である事をやらざるを得ないのは
正直、辛い。

毛筆というのは日本刀と同様に切る事を前提にしている道具だと思う。
切るという行為はただ力任せに得物を振るえば良い訳でなく、標的に対してどの様
な角度で切り込むか、刃をどう滑らかに滑らせるかをうまくコントロールする
事を必要とする訳で。

コントロールする事は苦手なんだよねえ。特に筆で字を書くのは手応えというか
素材、支持体に接する部分が少なくて、書いてるという実感があまり無いというか。
スッパリと切るより叩き切る感覚の方が安心できるというか。

まあ、そういう苦手意識こそ、イカンと遺憾に思う訳ですが、高校の習字の授業の
際に、先生から「下手」のお墨付きを得て以来、どうにもだめですわ。

何度も練習して、本番に挑んでも…、とても残念な結果になるんだよなあ。
練習だとそこそこ書けてた筈なのに、本番で見事にこける。

ただでさえテンパリ易いのに、さらに苦手となればもうね。イカントモシガタイ。

「道」と付くものは決まりきった「型」というものがある訳で。
その「型」を守って破って離れるのがその「道」を修める道だそうですが、
どうにも形から入らずにいきなり応用から始めてしまいがちな、ひねくれ者
なんで、何かの「道」を極めるのは向いてないっぽ。