梅の花に落ちる春の雨、略して…

梅雨と言ってしまうと全く別の季節になってしまいますねえ。

お久しぶりをしております。かゆきゅうです。




先日の日曜日に近所の東谷山フルーツパークまでサイクリングして、
梅の花の写真を撮ってきました

日曜とは言え、雨がぱらつく天気で、人は来てないだろうとも思ったのですが、
割合、賑わってました。今の時期はやはり、梅の花ですかね、あと菜の花も
咲いてました。

名物である枝垂れ桜はまだまだ先ですねぇ。


とある制作のキロクのあり方 -Production of a certain way of recording-


一眼デジカメを新しくして、動画撮影機能を使えるようになって高画質な動画を記録できる
ようになったのは良いのですが、さすがにデータ容量が格段に増えて扱いが難しいです。

デジカメと一緒に購入したEye-Fiという無線LAN経由で記録した画像をPCやスマート
フォン、ウェブサービスにアップロードしてくれるSDカードを介していますと、非常に重たい
です。

LAWの生データはまあ、我慢できるギリギリなのではありますが、動画はどうにも…

その上、持っているPCのスペックではまともに再生出来ずにカクカクというか、紙芝居レベルで
コマが欠落するという、なんとも御しがたいのですが、ユーチューブにアップして変換されると
割合普通に視聴できるのでこれからハシハシとバシバシと上げていこうという予定です。


霰混じりの雨と茶殻粘土。-Rain and hail mixed with clay tea leaves.-

あっさりと、さっくりと制作日記。

晴と雨の廻間。 on Twitpic

先日の冷たい雨。水が冷たすぎて痛いぐらい。
まあ、そうは言っても、パルプは水を使わないと戻せないからねえ。


茶殻を粘土にして作ってみた。 on Twitpic

先日、茶殻をパルプに混ぜた所、葉っぱに触れていた部分の
パルプがオレンジ色に染まってたんだけど、何が作用したんだろう。

今日は茶殻を荒いものの抹茶状にしてそれに糊を混ぜてを粘土に
してみたり、パルプと混ぜてみてるけど、オレンジ色に変色はしない
模様。まあ、当然といえば当然。

パルプ造形もまだまだ分からない事ばかりだなあ。

ええと、上の画像はサイトのマスコット的キャラクターしょうたの茶殻人形。

やっぱり、パルプと混ぜないと、なかなか扱いづらいですわ。茶殻粘土。

年の初めの制作記。-Production recorded at the beginning of the year.-

正月の3日を過ぎてからの時間経過、光陰の早さが体感的に
あっという間な気がするのは何故だろう。

早々に片付けたい事があるものの、現実の進捗具合の芳しくない
のは埋まりそうにない。

だけども、だけれども、そこで、完全、完璧を求める余り、現状に、
今の自分に失望して、そこで投げ出しては意味のないものです。

諦めずにいきましょう。

バケツを型にしてパルプでバケツを作る。 on Twitpic

今の制作のテーマは原点回帰的に、「実用の美」と言いますか、
実用実験、実証試験みたいな感じです。

原型を型にして物をつくるというのは、なんだか生物の増殖の
過程みたいなものですね。

不完全なコピーを繰り返して、生命は進化なり、変化するものです。
その変化が環境に適応しやすいものであれば、そこでその特徴を
持つタイプが繁栄してゆくものです。

人だって、絶えずに変化していって、環境に適したカタチを見つける。

たとい適応できなくても、そこで留まらず、変化し続けられれば、
新しいカタチに変化していければ、いつかは世界と調和するもの
です。

まあ、世界、環境というものも絶えず変化を繰り返しているものですけどね。



消えゆく正月の情景に。-New Year's Fading scene.-

明けましておめでとうございました。


と、もう明けた年に対しての感慨に浸っている事もしていられないので
平常営業で張り切って参ります。

といいつつも、お正月のおせちの残りみたいに残滓感が否めなくもない
ですが年賀状の元イラストとか、新しいカメラでとらえた新しい年をアプして
置いときます。



当初案では干支の辰をキャラ化したマスコットをあしらおうと思っていたのですが、
いまいち「おめでたさ」が出ていないのでフィーリングで描いたらこの下図の様に
なりました。


縁起物を並べていったら、干支を入れるの忘れた…。
でも、こっちの方が賑々しくて良いのでこちらを採用してます。

おせちも、近年は不要論が叫ばれて久しいですが、やらなくても良いという
風潮がありますが、あえてやるのもいいかなと。「面倒くさい」ってのは言い出したら
キリないですからねえ。

ある意味、何でもやりたくなくなる魔法の言葉ですね。人生は面倒くさいものです。

まあ、そんな事言っていても始まらないし、「めんどくせえ」が口癖の主人公なんて
格好悪すぎるでしょうに。まあ、どこかに居たような気もしますが。そんな主人公。

まあ、しかし、やはり、年の始まりというのは大事な物です。年の瀬に新しい年を
気分良く迎える為にも、自分の中で精一杯の新年を祝うという信念を、そういう
余裕というか、心構えを持っていたいものです。

無駄だと言って省くのは簡単な物ですが、ばっさりと切り捨てた後の
空しさ、ある種のみすぼらしさは、何か生きる事に前向きになりきれない
ですねえ。

やった後悔とやらなかった後悔のどちらが良いのかという話です。


人生ってのはもしかすると自分の中の「面倒くささ」と常に戦う事なのかもしれません。

面倒臭き世を面白く。





 

例年通り、とは言ってもいつもだと、三が日には行ってないのですが、今年は
3日に伊勢神宮の内宮へ参りました。

現地に到着したのが午前6時前で、薄暗い青みがかった空とおかげ横丁というのは
随分と独特の雰囲気でした。まあ、参拝した後の事を考えると早すぎて横丁のお店
がまだ開いていない所が多くて、寒くて大変でした。あと一時間遅いぐらいが丁度
良いのかもしれません。


まあ、正月の話をダラダラと徒然なるままにタイプしてきましたが、本年も、本年こそ
宜しくお願い致します。旧年中はちょっと小さめの作品ばかり作ってましたが、今年は
原点に帰って、大きいインテリアやエクステリアを作って行きたいと思っております。

ウェブ上でも作品を売って行こうと模索中です。

それに向けて制作環境を1月中には整えたい所です。


街に響く祈りの歌声。-Song of Prayer in the city sounds.-

さてさて、クリスマスイブの街からダットサンの如く、いや、脱兎の如く
帰宅して参りました。なんやかんやで骨付きチキンやら、イチゴの
ショートケーキも頂けましたので、なんやかんやでクリスマス気分を
それなりに満喫しております。

まあ、しかし、イブの日に、駅のロータリーに停車している、
いわゆる魔改造と言いますか、一般道路でドリフト走行やら
燃費の悪そうな爆音を響かせたりしそうな雰囲気の
特殊な改造を施された
トヨタのプリウス(現行型じゃなくて一代前)を見かけて、

ああ、これは、ちょっと前だとちょっと型の古めのクラウンを
いじりまくって、パーツ付けまくるような感覚なんだろうなあ。

と時代の流れを感じているのも束の間、

乗り込んだ電車に、ピチピチのホットパンツ、
福山雅治風に言うのならばホッパンを穿いた、おっさんに
遭遇という、未知なる邂逅をしてみたり、なかなか、おかしな
イブを送らせて頂いております。

まあ、かく言う自分も、昼ご飯にお手製のフィセルサンドイッチと
ふかし芋という、世にも奇妙な取り合わせを食するという
端から見られてしまったら、神経を疑われそうな事をしていますが。

今年もあと一週間となってしまいましたが、個人的には、
やり残した事が山積していて、

来年から、心機一転頑張ろう!

などと言っている余裕もなしに、
「思い立ったが吉日、それ以外は全部凶日」
な思いで、今年中にやれるところまでやらなければと
切迫している具合です。

今年は災害などで出出しに舞い上がってしまったのを
立て直せずにある種の冷静さを、客観性を見失って、
立ち直りきれずに、いろいろな勉強をさせて頂きました。

年始に大吉のおみくじを引き当てはしましたが、これは
その年内ではいろいろとツイていないとは思ったものの、
後で振り返ってみたら、2011年の経験が活きていたと
いうようなものでありたいですねえ。

と、年内最後の挨拶みたくなりましたが、年内にまだ
ブログ更新をする予定ですので、本年もまだまだ
ご愛顧くださいませ。

ともかく、皆様、メメント・モリー、いや、間違えました、
メリークリスマス。



パルプ造形デザイナー

かゆかわ きゅう

何とかと煙は高い所が好き。水は低い所を好む。-fools and smokes like high places, Water likes low places.-

ごくごく薄めたペイントを机の上に、正確に言うのならば
パルプの板の上に垂らして、それが板に吸収される、
溜まって流れる、違う色と混ざり何とも言えない色合い
に変わる様、水分を含んでいてグロッシィな光沢を
持っていた面が徐々に乾いていって、基材の表面の
凹凸、質感が現れて、マットな表情が顔を出してゆく
様をみていると、個人的な美意識、感覚からして、
とても とても とても 見ごたえのあるものだと思いつつも、
こういう感覚というのは一体どれだけの人に伝わるの
だろうかという疑問を抱え込んでしまう。

最近、パルプの表面処理、塗料などで着彩する際の、
パルプの風合いをなるべく損なわない仕上げというのを
探している。

どうにも、ただ、筆で塗るというのはどうにもしっくりとこない。

パルプの持つ、粗野で、自然な風合いの上に、人の
明らかな意図が見透かせてしまうようなタッチ、素材の
マダラな質感を一色で塗りつぶしてしまうような野暮で
不自然で不格好な表情はどうにも納得がいかない。

そういった点を何とかする方法として、よく薄めた塗料を
筆で塗りたくるのではなく、基材に落とす、垂らすというやり方
を実験するのではあるが、そこまで作為性を減らす、
モダンテクニック的な方法だと逆に制御ができなくなって
しまって手に余る。

別段、今更、抽象絵画を本格的に始めようという気もないので
もう少しバランスをとるべく、模索。

水というものは、高い所から低いところに流れるという、一見
誰もが知っているが、当然過ぎて、誰もが少し忘れがちな特性を
持っている。

つまり、液体の塗料を筆を使わずに制御する方法として、
高低差を使うという方法もあり得るのではないか。

平面ではなく、立体を扱っている事の強みもある。

実験してみる価値はあるかも知れない。