エントランスの吹き抜け部分、「かみのもり」のイメージ案。
もう、開催まで3ヶ月を切りましたので餓死が死、いいえガシガシとイメージをカタチに、
頭の中に抱いた考えを生命体に昇華させるべく、恐れず、騒がず、止まらず、止まらず、
淀まず、澄まず、張り切らず、憚らずに生きましょう、いえ、行きましょう。
だいたいのイメージは頭の中にあるので、其のイメージをこまめに伝達、発信して行かん
とね。そういう、クリエイターにとって必要不可欠な部分に欠陥があるのは自覚して
おります。とりあえず、苦手を苦手とせず、無理を無理とせずにとりくんでいかないと
自分自身のリミッターを外せません。諦めたらそこでゲームオーバーですよ。
どうもね、人に認められない生き方ばかり選んでしまいがちなんですが、それでは
いかんのですよ。生きる事もままならない。だからこそのこのテーマ「開運」なんです。
熱に浮かされて見る夢のリアリティと死の話。Reality and dreams about death in fever.
胡蝶の夢なんて言葉があるように本来、夢と現実を区別する明確な明瞭な
基準は無いと思います。
しかし、これは現実だと確証のない確信を持って生きているわけですが。
先日、夏風邪で熱を出して虚ろな感じになっているとなんというか現実感が
希薄に感じられるという体験をしました。
後日、あの感覚は何なのだろうと考えて、いるとなんとなく分かった事が。
現実感ってのは感覚器官で感知できる強い情報。
非現実感ってのは感覚器官で感知しにくい弱い情報。
なのではないかと。
高熱によって現実感が損なわれた状況で自分自身の身体に何があったか考えると
体調不良による五感各感覚器官の機能不全。つまりは感覚器官の受信感度の低下で
通常は現実と思えるレベルの情報量を得られかったのではないか。
高熱でなくとも飲酒によって酔った状態でも現実感が鈍る事があるのを考えると、
まあ、間違いではないのかなあ。
で、話は変わって、昨日見た夢なんですが、夢なんでいろいろとツッコミを入れ出すと
キリが無いですが、いざ夢の中にいると、夢だと気が付かない物なんですよね。
ものすごくおかしい事だらけなのに。
大概は覚めるまで夢だと気が付かないものですが、珍しく今回は起きる間際に気が付き
ました。きっかけがじつに些細なもので、普段外出時に使ってるメッセンジャーバッグ
が夢にも出てて、通常は宿泊とかしない限り肌身から離すはず無いのに、ふと気が付いた
瞬間にそのバッグが無くなっていて、これは絶対におかしい。そうかこれは夢だと思って
目が覚めました。 ん〜、なんかすんごい根拠としては弱くないかと思うんですが…。
夢の中にいる自分ってのは、ある意味、今、人生を生きてる自分と同じもので、
夢で展開されるおかしな出来事に違和感を抱かないのと同様に、今、生きているから
こそ、執着して気が付かない事があるのではないかなと思います。
例えば死ぬという事は生きている人間にとってはそれこそ、文字通り死活問題です
しかし、死者からしてみれば、死ぬという事はもう過ぎ去った事でもあるし、そもそも
生者と同じ様に意識があるかも分からない。 生きている人間が死をそれほど特別に
考えているならば、死者と生者の感覚には大きな隔たりがあるのではないかなあ。
だから、死が辛いのはあくまで生者であって、死者は死を辛いとは考えないのでは
と考えても不思議ではない。
たとえ、どんなに酷い最後であっても亡くなった死者自身は安らかに眠っている
ものじゃないかと。
その最後が辛いとか、悲しいとか、 疚しく思ったりするのはその死者の近くにいた
生者なのではないかと。死者を弔うのは、その死者の為ではなく、その死によって
傷ついた生者を癒す為の儀式ではないかと。
まあ、藐然とそう思うに至る。今現在。
いけんなあ、またメメントモリーな話してんなあ。展示に向けてお祭りな感じで
お気楽極楽な空気を出したいとおもってんだけどなあ。根が暗いのか?
まあ、でも、死と言うものはネガティブに考えがちですが、実はそんなに暗くもなくて
重要なことではないかも知れません。
学生時代に深刻に悩んだ事を今考えるとバカみたいに思える様に。
基準は無いと思います。
しかし、これは現実だと確証のない確信を持って生きているわけですが。
先日、夏風邪で熱を出して虚ろな感じになっているとなんというか現実感が
希薄に感じられるという体験をしました。
後日、あの感覚は何なのだろうと考えて、いるとなんとなく分かった事が。
現実感ってのは感覚器官で感知できる強い情報。
非現実感ってのは感覚器官で感知しにくい弱い情報。
なのではないかと。
高熱によって現実感が損なわれた状況で自分自身の身体に何があったか考えると
体調不良による五感各感覚器官の機能不全。つまりは感覚器官の受信感度の低下で
通常は現実と思えるレベルの情報量を得られかったのではないか。
高熱でなくとも飲酒によって酔った状態でも現実感が鈍る事があるのを考えると、
まあ、間違いではないのかなあ。
で、話は変わって、昨日見た夢なんですが、夢なんでいろいろとツッコミを入れ出すと
キリが無いですが、いざ夢の中にいると、夢だと気が付かない物なんですよね。
ものすごくおかしい事だらけなのに。
大概は覚めるまで夢だと気が付かないものですが、珍しく今回は起きる間際に気が付き
ました。きっかけがじつに些細なもので、普段外出時に使ってるメッセンジャーバッグ
が夢にも出てて、通常は宿泊とかしない限り肌身から離すはず無いのに、ふと気が付いた
瞬間にそのバッグが無くなっていて、これは絶対におかしい。そうかこれは夢だと思って
目が覚めました。 ん〜、なんかすんごい根拠としては弱くないかと思うんですが…。
夢の中にいる自分ってのは、ある意味、今、人生を生きてる自分と同じもので、
夢で展開されるおかしな出来事に違和感を抱かないのと同様に、今、生きているから
こそ、執着して気が付かない事があるのではないかなと思います。
例えば死ぬという事は生きている人間にとってはそれこそ、文字通り死活問題です
しかし、死者からしてみれば、死ぬという事はもう過ぎ去った事でもあるし、そもそも
生者と同じ様に意識があるかも分からない。 生きている人間が死をそれほど特別に
考えているならば、死者と生者の感覚には大きな隔たりがあるのではないかなあ。
だから、死が辛いのはあくまで生者であって、死者は死を辛いとは考えないのでは
と考えても不思議ではない。
たとえ、どんなに酷い最後であっても亡くなった死者自身は安らかに眠っている
ものじゃないかと。
その最後が辛いとか、悲しいとか、 疚しく思ったりするのはその死者の近くにいた
生者なのではないかと。死者を弔うのは、その死者の為ではなく、その死によって
傷ついた生者を癒す為の儀式ではないかと。
まあ、藐然とそう思うに至る。今現在。
いけんなあ、またメメントモリーな話してんなあ。展示に向けてお祭りな感じで
お気楽極楽な空気を出したいとおもってんだけどなあ。根が暗いのか?
まあ、でも、死と言うものはネガティブに考えがちですが、実はそんなに暗くもなくて
重要なことではないかも知れません。
学生時代に深刻に悩んだ事を今考えるとバカみたいに思える様に。
うろおぼえで「リング」「貞子」を語る実験。The railroad Remember "Ring", "Sadako" talk test.
土用の丑の日。 ついったー大喜利のネタで思い出しましたが、
貞子というと今や、幽霊というかお化け的にある種の妖怪キャラとして扱われて
久しい訳ですが元々、一体どんなキャラクターなのか良く知らない人が大半なのでは
ないでしょうかねえ。
テレビ、映画では呪いのビデオから出てくる幽霊というイメージが強いですが、
原作小説では、確か、「呪い」というデータ、もしくはウィルスの様な存在だったはず。
非業の死を遂げたある種の超能力を持った女性(厳密には違う)が放り込まれた井戸が
埋められ、その上に建てられたロッジの部屋に設置されたビデオデッキで録画した際に
その怨念、呪いが念写、記録されてしまい。そのビデオを観た人間は一定期間後に
心臓発作で死亡する。その呪いを回避する方法がそのビデオをダビングして他の人間に
見せる事だったんだけど、その呪いはダビングされて行く段階でどんどん変異して…。
まあ、リングはホラーだと思うけど、らせん、バースディはSFな気がする。
あと、真の主人公はタカヤマリュウジ。最終的には無限増殖した貞子から世界を
救ってしまう位、凄いキャラのハズなんだけど、いかんせん、映像の貞子の
イメージやらインパクトのおかげで全く目立たない。
本当のバースディ本編は話のスケールが大きすぎて日本では映像化は無理だったん
だろうなあ。映画は原作本に収録されてた貞子の過去の短編を元にしているだけで
本来はバースディじゃないんだけど、原作読んでなきゃ分かんないよなあ。
キャラクターだけが一人歩きして、原作の物語の分からないパターンは何気に多いねえ。
ドラキュラとか、フランケンシュタインの怪人やら。
やはり、妖怪、お化けといった、恐怖の対象というのは良く知らないから、分からない
から怖いのではないかもしんないですねえ。
ああ、なんかまた「リング」シリーズ読みたくなってきたなあ。
つか、ビデオテープがもう古いメディアになってしまったなあ。
時代を感じるねえ。
今だったら、何だろう、デジタルレコーダーだと難しいねえ。ダビング10の
問題があるから、それ以上広めようもないのでえらく規模の小さい話になって
しまうねえ。
スマートフォンで撮影した動画をメールで送るとか、動画投稿サイトにアップして
大々的に蔓延というパターンになるのかなあ。
まあ、この親和性の高さと、どんどんと本来の出自から変異していく事こそ
貞子の能力かもしれないなあ。
貞子というと今や、幽霊というかお化け的にある種の妖怪キャラとして扱われて
久しい訳ですが元々、一体どんなキャラクターなのか良く知らない人が大半なのでは
ないでしょうかねえ。
テレビ、映画では呪いのビデオから出てくる幽霊というイメージが強いですが、
原作小説では、確か、「呪い」というデータ、もしくはウィルスの様な存在だったはず。
非業の死を遂げたある種の超能力を持った女性(厳密には違う)が放り込まれた井戸が
埋められ、その上に建てられたロッジの部屋に設置されたビデオデッキで録画した際に
その怨念、呪いが念写、記録されてしまい。そのビデオを観た人間は一定期間後に
心臓発作で死亡する。その呪いを回避する方法がそのビデオをダビングして他の人間に
見せる事だったんだけど、その呪いはダビングされて行く段階でどんどん変異して…。
まあ、リングはホラーだと思うけど、らせん、バースディはSFな気がする。
あと、真の主人公はタカヤマリュウジ。最終的には無限増殖した貞子から世界を
救ってしまう位、凄いキャラのハズなんだけど、いかんせん、映像の貞子の
イメージやらインパクトのおかげで全く目立たない。
本当のバースディ本編は話のスケールが大きすぎて日本では映像化は無理だったん
だろうなあ。映画は原作本に収録されてた貞子の過去の短編を元にしているだけで
本来はバースディじゃないんだけど、原作読んでなきゃ分かんないよなあ。
キャラクターだけが一人歩きして、原作の物語の分からないパターンは何気に多いねえ。
ドラキュラとか、フランケンシュタインの怪人やら。
やはり、妖怪、お化けといった、恐怖の対象というのは良く知らないから、分からない
から怖いのではないかもしんないですねえ。
ああ、なんかまた「リング」シリーズ読みたくなってきたなあ。
つか、ビデオテープがもう古いメディアになってしまったなあ。
時代を感じるねえ。
今だったら、何だろう、デジタルレコーダーだと難しいねえ。ダビング10の
問題があるから、それ以上広めようもないのでえらく規模の小さい話になって
しまうねえ。
スマートフォンで撮影した動画をメールで送るとか、動画投稿サイトにアップして
大々的に蔓延というパターンになるのかなあ。
まあ、この親和性の高さと、どんどんと本来の出自から変異していく事こそ
貞子の能力かもしれないなあ。
ギョウム連絡:会場コンセプト概要
ええと、展示の計画を考える上でマップを描こうといろいろ考えてみましたが、
どうにもねえ、どうにも空間的な絵を想像して描く能力がなくて表現できず、
頭の中にはイメージはあるけど、描写力が追いつかず、見るに耐えない。
でも、文章では語彙力がイマイチ足りない。
とまあ、どうにも指定されたフォーマットに落とし込もうとすると、
そのルールに引っ張られてどうにも二進も三進も、遅々として進まず。
とりあえず今あるイメージをここで出して行こうと思う。
ご存知の通りデザインギャラリーは吹き抜け部分の脇の通路部分が入り口となります。
2階のアトリウムから4階のこの通路部分はよく見えます。割合この部分というのは
外、と言っても屋内ですが、商業施設等とつながった空間です。
つまりは、日常空間に近い訳です。ですから、あえて単色、主に白一色の淡い色の
大きめの、自然物を意識した丸みのある作品を中心に配置して、ちょっと非日常感
を出して「かみのもり」を作ろうかと。 静かな森のイメージ。
単色無彩色のむしシリーズもここかな。
奥の典型的なギャラリースペースは、「かみのやしろ」
アーカイブ的なもので、立体作品、平面、写真、スケッチ、音声、映像、ライブ
など雑多な情報がイロイロと詰めこまれたサーバみたいなイメージ。
できるだけカオスで豪奢な感じかなあ。祭り本会場的に。
最近の作品の傾向である、着彩、装飾系はこっちを中心に展示したい。
前回展示だと壁面がなんかさみしい感じがしたので今回は壁面も活用した
展示をしたいねえ。
なんだろうなあ、具体的にあるもののイメージだと、久能山の東照宮かなあ。
日光は行った事ないから分かんないけど。
どうにもねえ、どうにも空間的な絵を想像して描く能力がなくて表現できず、
頭の中にはイメージはあるけど、描写力が追いつかず、見るに耐えない。
でも、文章では語彙力がイマイチ足りない。
とまあ、どうにも指定されたフォーマットに落とし込もうとすると、
そのルールに引っ張られてどうにも二進も三進も、遅々として進まず。
とりあえず今あるイメージをここで出して行こうと思う。
ご存知の通りデザインギャラリーは吹き抜け部分の脇の通路部分が入り口となります。
2階のアトリウムから4階のこの通路部分はよく見えます。割合この部分というのは
外、と言っても屋内ですが、商業施設等とつながった空間です。
つまりは、日常空間に近い訳です。ですから、あえて単色、主に白一色の淡い色の
大きめの、自然物を意識した丸みのある作品を中心に配置して、ちょっと非日常感
を出して「かみのもり」を作ろうかと。 静かな森のイメージ。
単色無彩色のむしシリーズもここかな。
奥の典型的なギャラリースペースは、「かみのやしろ」
アーカイブ的なもので、立体作品、平面、写真、スケッチ、音声、映像、ライブ
など雑多な情報がイロイロと詰めこまれたサーバみたいなイメージ。
できるだけカオスで豪奢な感じかなあ。祭り本会場的に。
最近の作品の傾向である、着彩、装飾系はこっちを中心に展示したい。
前回展示だと壁面がなんかさみしい感じがしたので今回は壁面も活用した
展示をしたいねえ。
なんだろうなあ、具体的にあるもののイメージだと、久能山の東照宮かなあ。
日光は行った事ないから分かんないけど。
2003 つくしの子はつくし?展スライドショー2003 Tsukushi Tsukushi child? Exhibition Slideshow
前回デザインギャラリーでの展示をスライドショーにしました。
iPhotoでパパパと仕上げるつもりが、エラー続出。
地味に時間がかかった。これなら動画編集ソフトで作った方が
早かったかも知れない。しかし、今更そんな可能性を考えた所で、
有益な事はない。
ああ、なんか、久しぶりにイスを作りたくなってきたなあ。
地味に長い上に、解像度良くないので見づらい。作り直すか?
草上の亀。パイ上のカレー。On turtle grass. Curry on the pie.
何だろうなあ、言葉が出ない。文章的な意味で。
頭の中がモヤモヤする。フォグってる。
雨のつかの間ベランダでヒメコガネと邂逅。

自然界、草むらにおいては、草の上で外敵から逃げる最も簡単な迅速な
方法はおそらく下に落下することだろう。
虫の様に小さく、外骨格が発達していれば落下程度のダメージはさほど
問題がない。
一つのターゲットを執拗に追いかける事は滅多にない。その場から消えてしまえば
大概の狩人は諦める。
じつに効率的、効果的だなあ。
と、触ろうとして手を伸ばしたら即座に落下したコガネを見てそう思う。
そいや、昆虫採集の方法として逆さまにしたした傘を持ちつつ、木を蹴ったり
して揺らして落ちてきた虫を傘で受ける方法は、上記の性質を利用している
のかもなあと思ってみる。

残り物の王者カレーを使って昼食のメニューを作る。
カレールーを樹脂加工したフライパンで温めながら食パン一枚、
とろけるチーズ一枚を混ぜる、大きく残っているカレーの具は
フライ返しで適度に細かくほぐす。火を止めて溶き卵を混ぜる。
冷凍パイシートを大皿に置いて自然解凍。フォークでまんべんなく
刺して穴を開けておいて、レンジで軽く火を通しておく。
取り出したパイシートの上にカレーをのせる。あればパルメザンチーズ
をかけてもよいかなあ。切らしててかけませんでしたが。
こんがり焼いて完成。
ボチボチおいしくできましたが、ちいと焼き過ぎた。かな。
あとは焼きたてじゃなくてちょっと冷ました方が食べ易いかねえ。
パイ生地はフォークでは切りにくい。
頭の中がモヤモヤする。フォグってる。
雨のつかの間ベランダでヒメコガネと邂逅。
自然界、草むらにおいては、草の上で外敵から逃げる最も簡単な迅速な
方法はおそらく下に落下することだろう。
虫の様に小さく、外骨格が発達していれば落下程度のダメージはさほど
問題がない。
一つのターゲットを執拗に追いかける事は滅多にない。その場から消えてしまえば
大概の狩人は諦める。
じつに効率的、効果的だなあ。
と、触ろうとして手を伸ばしたら即座に落下したコガネを見てそう思う。
そいや、昆虫採集の方法として逆さまにしたした傘を持ちつつ、木を蹴ったり
して揺らして落ちてきた虫を傘で受ける方法は、上記の性質を利用している
のかもなあと思ってみる。
残り物の王者カレーを使って昼食のメニューを作る。
カレールーを樹脂加工したフライパンで温めながら食パン一枚、
とろけるチーズ一枚を混ぜる、大きく残っているカレーの具は
フライ返しで適度に細かくほぐす。火を止めて溶き卵を混ぜる。
冷凍パイシートを大皿に置いて自然解凍。フォークでまんべんなく
刺して穴を開けておいて、レンジで軽く火を通しておく。
取り出したパイシートの上にカレーをのせる。あればパルメザンチーズ
をかけてもよいかなあ。切らしててかけませんでしたが。
こんがり焼いて完成。
ボチボチおいしくできましたが、ちいと焼き過ぎた。かな。
あとは焼きたてじゃなくてちょっと冷ました方が食べ易いかねえ。
パイ生地はフォークでは切りにくい。
早きこと小動物の鼓動の如く。静かなること親父ギャグに似て。燃え上がること線香花火ほど儚く。動かざることガス欠の車の如し。That early as a small animal like a heartbeat. Similar to that quiet old man gag. So fragile that burning sparklers. Summarized as it ended with the car out of gas.
やりたいことがはかどらず、ただ焦るのみ。
気持ちのカラ回る。豪雨の1日。来るはずの晴れを信じ待つ。
トイレにまで神が宿るというのなら、神なんてものはどこにでもいる。
空になったペットボトルにも、使い終わったレジ袋にも。
もちろん、小さな紙切れにも。紙に宿る神とはいかなるものだろうか。
まあ、信じなければ神なぞ何処にも居ないのだろうが。
いつであろうと、どこであろうと。つまりはユビキタス。
神とはそんな風に便利なものかもしれない。使いようによっては。解釈によっては。

カウントダウン用に描いたキャラ絵。で塗り絵。適当に無計画に描いてい
たつもりが、俯瞰で見下ろしたような構図に。
まあ、すべては偶然で必然。当たらぬも当たらぬも八卦ってねえ。
いかん、眠気でハイになってるようだなあ。
気持ちのカラ回る。豪雨の1日。来るはずの晴れを信じ待つ。
トイレにまで神が宿るというのなら、神なんてものはどこにでもいる。
空になったペットボトルにも、使い終わったレジ袋にも。
もちろん、小さな紙切れにも。紙に宿る神とはいかなるものだろうか。
まあ、信じなければ神なぞ何処にも居ないのだろうが。
いつであろうと、どこであろうと。つまりはユビキタス。
神とはそんな風に便利なものかもしれない。使いようによっては。解釈によっては。
カウントダウン用に描いたキャラ絵。で塗り絵。適当に無計画に描いてい
たつもりが、俯瞰で見下ろしたような構図に。
まあ、すべては偶然で必然。当たらぬも当たらぬも八卦ってねえ。
いかん、眠気でハイになってるようだなあ。
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